2015年10月01日

沖縄戦後70年(260)

沖縄戦後70年(260)
■土地新規接収並びにミサイル兵器持ち込み阻止に関する要請決議
(1960年3月29日 琉球政府立法院決議)

宛先 琉球列島高等弁務官

去る3月10日、ブース高等弁務官は八箇所にミサイル・ホーク基地設定のため約19万6848ヘクタールの土地を新規接収することを発表した。

軍用地の新規接収は、米琉双方の新土地政策の趣旨にもとるものであり、また広大な土地を軍用地に接収されている現在、高等弁務官発表の基地設定により生ずる如何なる附随的利点があるにしても住民は軍用地の新規接収に強く反対している。

更にミサイル兵器の持ち込みは、基地強化のあらわれであり世界の趨勢に逆行するものであることを憂うるものである。

よって琉球政府立法院は、軍用地の新規接収とミサイルの兵器持ち込みの中止方を院議をもって強く要請する。

右決議する。
 1960年3月29日
  琉球政府立法院

* * *
■米軍の土地接収
「沖縄米軍基地建設で日本経済は息を吹き返す」
〜基地建設資金は日本に還流〜

沖縄を占領した米軍は占領の名のもとに銃剣とブルドーザーで県民の土地を強制接収した。米軍基地建設が本格化したのは、朝鮮戦争が勃発した1950年。米国は50年から53年度まで2億7千万ドル(当時の為替レートで972億円)の資金を投入する。現在の貨幣価値に換算すると2兆6千億円。沖縄基地の原型ができたのだ。1960年代にかけて基地建設は拡大していく。基地建設資金の総額についてUSCARは公表していない。冷戦構造が本格化したからだ。

1951年から軍用地支払運動が起こる。52年11月には「契約権」を公布し、契約による土地使用が始まる。契約期間が20年という長期期間であり、補償額も少なかったため地主が反対し失敗に終わった。

53年4月「土地収用令」を公布し、強制収用の蛮行に出た。これに反対する闘争が各地で展開し、「島ぐるみ闘争」が起こった。

沖縄の基地建設は、戦後疲弊した日本の土建業の復権のきっかけにもなった。戦後、日本は国破れ公共事業のない時期に、沖縄基地建設で息を吹き返したのだ。日本は沖縄を踏み台にして戦後の経済成長を遂げた。捨て石・沖縄は今でも日本安保の犠牲になっている。

歴史は繰り返す。苦しみと悲しみは沖縄に付きまとう。沖縄・辺野古。今、沖縄で何が起こっているか。沖縄を知れば知るほど国家の「歪み」が分かる。

日本人よ! 目を開いて沖縄の現実を見よ。耳を澄まして沖縄の声を聞け。
新基地建設の重い蹉跌を振り解き、沖縄を取り戻したい。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 歴史の証言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする