2015年10月24日

■日本官僚〜岸昌と沖縄〜

■日本官僚〜岸昌と沖縄〜
 沖縄差別を封印した琉球新報「論壇」

岸昌さん。米軍統治下の沖縄に自治省から派遣された官僚だ。初めて沖縄の地を踏んだ時、驚愕する。日本官僚として、「ここは日本ではない、米国の植民地だ」と叫んだ。

本土・沖縄一体化の基礎を築いた岸さんの功績はあまり知られていない。戦時中の沖縄県知事・島田叡の後輩で沖縄との運命を感じたという。1968年6月、日本政府沖縄事務所長に就任。沖縄の現実について沖縄タイムス「論壇」に投稿。

本ブログで岸さんの沖縄タイムス論壇「住民自治の座標」は数回取り上げた。沖縄返還が確定し、1970年5月、沖縄復帰対策がスタート。岸さんは沖縄・北方対策庁初代沖縄事務局長に就任。

その時、私は岸さんと運命の出会いがあった。入りたての琉球政府通商産業局から日本政府沖縄事務局に採用された。きっかけは沖縄タイムス論壇で「沖縄自由貿易地域」「石油外資問題」について投稿したのが岸さんの目に留まり、琉球政府との人事交流第1号として沖縄復帰対策を担当することになる。

岸さんの論壇に次のような言葉がある。
●日本の官僚に沖縄の心が分かるだろうか。
●5年や10年の復帰特別措置は瞬時に等しい。つかの間の特別措置を惜しんで、今度の復帰を再び“琉球処分の再現”を思わせるのは決してまとを得たものではない。
●沖縄の祖国復帰の日─それは日本の日本たるべき日でなくてはならない。

岸さんが最も心を痛めていたのは、「日本政府・南方連絡事務所」が、敗戦後の沖縄戸籍を放棄したこと、戦没者援護法で沖縄差別をしたことを気にしていた。岸さんの手持ち文書の一部が私の手元にある。
復帰直前、岸さんは行政文書の一部を私に託して沖縄を飛び立った。

私は、岸さんの言葉が気になり、日本政府の沖縄差別について2014年6月琉球新報「論壇」に投稿したが、担当者が封印し、掲載されることはなかった。

2014年8月、沖縄経済学会があった。学会会長が開催通知を琉球新報論壇に投稿したが掲載されなかった。

沖縄経済学会のシンポジュム内容は去る9月に発刊された沖縄経済学会機関紙第30号『経済と社会』に掲載されている。

その中で私は、国の沖縄政策の不条理を指摘した。琉球新報が封印した論壇、日本政府が放棄した沖縄の戸籍、戦没者援護法の沖縄差別の不条理についても触れた。「沖縄政策の形成メカニズム」と題して、戦後処理から沖縄振興へ戦後70年の系譜について記述した。過去を知ることで現在を認識し、未来へつないでいく視点を重視したい。

今月に入り、島尻安伊子沖縄担当相の公約違反について琉球新報「論壇」に投稿したが、担当者が「封印し」掲載されることはなかった。嘘で欺く政治家批判はタブーだろうか? 琉球新報オピニオン担当者の「沖縄認識」に疑問符が付く。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:06| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする