2015年10月29日

■まるで米統治下の懐柔策

■まるで米統治下の懐柔策
〜高等弁務官の「沖縄統治」と重なる〜

芽を吹きだした国家権力はなりふり構わず、沖縄に深い衝撃を与えている。基地受け入れの自己増殖した「振興策資金」で地域を懐柔しているのだ。お金で地域を分断する? この変質したマネーは何だろうか?

言葉を変えて言えば、マネーの暴力が沖縄辺野古を権力の都合のいいように変えようとしているのだ。節度のない湯水のごとく資金を注ぐ振興策とは何だろうか。

われわれがパン屋でパンを買う「お金」と権力者が基地受け入れに使う「お金」は二つの全く異なった種類のお金であることを認識しなければならない。

『エンデの遺言〜根源からお金を問うこと〜』を思い出した。打撃を与える「お金」「手品としてのお金」のことだ。地域を食いつぶすお金の「正体」を見た。

米軍普天間飛行場の移設先の名護市辺野古周辺の辺野古、豊原、久志3区(久辺3区)に政府は直接振興資金を交付し、地域懐柔策に出た。名護市、沖縄県を通じないという。新基地建設の「マネー」の暴力以外の何物でもない。

辺野古を基地マネーの足下に組み敷こうというのか。「識者談話」が琉球新報に掲載された。ブログで紹介する。

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(2015年10月27日付、琉球新報掲載)
「識者談話」
宮田 裕氏
■まるで米統治下の懐柔策
 
名護市辺野古への新基地建設をめぐりキャンプ・シュワブ周辺の久辺三区(辺野古、久志、豊原)に交付される新たな交付金は、沖縄振興の本来の目的を逸脱したものだ。この予算が沖縄振興の本来の趣旨に合致したものかどうかという点に、問題の本質がある。

国が市町村麻集落に直接交付するという前例は聞いたことがなく、根拠法令も明確でない。

純然たる振興というものは民意に沿ったものだ。従来の沖縄振興は、本土との格差是正や民政安定にその主たる狙いがある。基盤整備や経済発展のための整備など、将来を展望し、自立に資するものこそがその本質だった。だが、1997年度に始まった島田懇談会事業からそれが変わった。基地問題がクローズアップされ、北部振興事業が始まり、振興が普天間移設問題とリンクした形になってしまった。

こうした振興の在り方は、復帰前の米軍統治下の沖縄をほうふつとさせる。高等弁務官資金を使った懐柔策がまさにそうだ。弁務官資金は地域の公民館建設や道路の補修のほか、選挙対策にも使われていた。沖縄の抵抗を和らげる住民対策としての側面があった。

歴史は繰り返されている。かつての高等弁務官式の手法が、つまり懐柔策で権力者の言うとおりにさせるような図式が、復帰43年をへて再現されている。久辺三区に投下されようとしている予算は、しっかりした振興計画に基づいた予算とは言えない。県が策定した沖縄振興計画「沖縄21世紀ビジョン」にその目的は合致するのだろうか。

名護市、県を通じずに末端の行政区と手を結び、予算を流すやり方も、本来の予算配分のあり方から外れている。90年代半ば以降の、基地と振興をリンクさせてきた構図も踏まえると、これは行政のモラルハザード(倫理観の欠如)と言うべき事態だ。(地域開発論)
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする