2015年11月09日

■権威だけで問題は解決しない

■権威だけで問題は解決しない
〜島尻大臣は沖縄の民意に向き合え〜

2015年11月7日付の沖縄タイムスに「島尻氏、辺野古推進を封印」という記事が出ていた。来年7月の参議院選挙を控えて、カムフラージュしたのだろうか?

この人は辺野古県外移設を唱え、当選したら県民を裏切り辺野古県内移設に転じた。選挙ポスターには「台所から政治を変える」と掲げていたが、「台所から平気で嘘をついていた」のだ。

マスコミでも取り上げていたが、自分の顔写真入りのカレンダーを選挙区で配り、公職選挙法に抵触することが指摘されると「ポスター」と言い訳しているのだ。

島尻安伊子氏の2010年2月5日のブログを掲げる。
「去年からお配りさせていただいている「島尻あい子カレンダー」。皆様から思いの外評判が良く、なかにはサインをしてくれと言われ戸惑っております(笑)
多くの方々が会社や家に貼っていただいていると聞き、本当に嬉しく思っております。」厚く御礼申し上げます。

白々しく「ポスター」という言い訳は品格の問題だろう。

* * *
●琉球新報論壇に「島尻安伊子批判」を投稿したら、握りつぶされて掲載されなかった。琉球新報が握りつぶした論壇をブログに掲載する。
■権威だけで問題は解決しない
〜島尻大臣は沖縄の民意に向き合え〜

「何でこの人が・・・」。旧総理府OBのA氏からメールが入った。沖縄担当相へ起用された島尻安伊子氏への疑問だった。A氏は復帰対策に携わり、第1次沖縄振興計画作成にかかわった人物だ。沖縄2紙を読んでおり、公約撤回した島尻氏の沖縄担当大臣就任を問題視し、辺野古移設の不条理に視線を注ぐ。

島尻語録を見ると、「私の地元(沖縄)のメディアは偏っている」、「辺野古新基地建設をお産にたとえ祝福したい」と述べた。「辺野古をめぐる反対運動は、責任のない市民運動だ」と述べ罵詈(ばり)雑言(ぞうげん)を浴びせたこともある。

選挙公約は県外移設を掲げ掲げ当選したが、権力や地位を手に入れたら辺野古移設推進に転じた。県民の不信感を背にした公約違反だ。能力を発揮して閣僚になったわけではない。なぜ、あの人が? 疑問を持つ県民は少なくない。

島尻氏は大臣就任会見で「辺野古は何としても推進する」と語った。「政府として辺野古が唯一の選択肢だ」と胸を張って見せた。権力を印象づける振る舞いと話し方で県民を圧倒する。

安倍首相は島尻氏の入閣について「沖縄の心に寄り添った」という言葉で表現した。「沖縄の心」をはき違えているように思った。沖縄の心について、初代沖縄開発庁長官・山中貞則氏は「償いの心」と表現した。沖縄が返還され、復帰関連法案の立法趣旨説明で日本の閣僚として涙を流して県民に謝罪した。

山中氏の沖縄への思いについて、1971年3月、政府広報『時の動き』は次のように伝えた。
「沖縄には苦難に耐え抜くという歴史がある。徳川時代に薩摩藩が300年にわたり、琉球・奄美から搾取した。第2次大戦の最大の激戦地、米軍統治下で苦しんできた沖縄の歴史について政府は全責任を負う」

山中氏は、復帰時に大蔵省(当時)が難色を示していた沖縄の高率補助反対を押し切り、振興予算に高率補助を盛り込んだ。「沖縄の心」とは苦難な沖縄の歴史に対する「償いの心」だよ・・・山中氏が財政当局を口説く言葉だ。贖罪意識で沖縄振興の「原点」を貫いた政治家だった。

島尻大臣は、この言葉を胸に刻んでほしい。いま、沖縄を理解する政治家は少なくなった。振興策も変質した。県民無視の辺野古での振る舞いが見られる。島尻氏は県選出議員として、内閣の一員としてこの現象をどう見るのか。どのような立ち位置で沖縄に向き合うのか。権威だけで沖縄問題は解決しない。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする