2015年12月07日

■普天間移設問題の増悪(12)

■普天間移設問題の増悪(12)

このブログを読んだ知人からメールがあった。「ドクターG」見たでしょうと言う。どうしたの? と聞いたら、医学用語の「増悪」という意味が分かったという。

医学用語で「寛解増悪」という言葉があることを知った。「寛解(かんかい)」とは病状が一時的に軽減した状態を言うらしい。「増悪」とは病状が悪くなっていく状態のことらしい。初めて知った医学用語である。

普天間移設を医学用語で表現すると「増悪」になる。ワクチンが効かないらしい。ブログであえて「増悪」という言葉を使った。医学用語で「落陽現象」という言葉があることも知った。水頭症患者の特徴という。眼球が落ちて太陽が沈んでいく状態の診断用語であることも知った。

国家という権力は、辺野古に新基地をつくり、沖縄を「落陽現象」にしようとするのか。沖縄県民を「水頭症患者」にする不条理は許されない。

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今回から普天間飛行場移設問題の「増悪」について述べる。

1997年12月6日、村岡兼造官房長官来沖し、北部振興策を地元に提示。基地受け入れとしての振興策である。12月8日、鈴木宗男沖縄開発庁長官も沖縄入りし、北部振興策を提示(沖縄開発庁所管)する。

12月21日、名護市住民投票実施。基地受け入れ賛成46%、反対54%。

12月24日、橋本総理・大田知事会談。橋本総理・比嘉名護市長会談。比嘉鉄也市長は海上基地受け入れを表明し、翌25日市長辞任を表明。基地受け入れを表明した翌日に辞任したがその裏で何があったのか。憶測が飛んだ。巷では官邸機密費が流れたとのうわさが飛び散っていたからだ。真実は霧の中で分からない。

1998年2月6日、大田昌秀沖縄知事は、海上基地受け入れ拒否を表明する。2月8日、名護市長に岸本建男が当選。12月10日、沖縄知事に稲嶺恵一が当選。普天間移設は急速に進むようになる。

1999年11月22日、沖縄知事・稲嶺恵一は、普天間飛行場の移設候補地として「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」とすることを表明。さらに12月27日、名護市長・岸本建男は同飛行場代替施設に係る受け入れを表明する。翌28日、政府は、普天間飛行場代替施設及び地域振興について「普天間飛行場の移設に係る政府方針」を閣議決定する。

2000年2月10日、政府・沖縄県・北部3市町村の代表は普天間移設に伴う「北部振興協議会」及び「移設先・周辺地域振興協議会」を発足。同日、島田懇談会が報告書を内閣官房に提出する(38事業。47事案)。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:06| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする