2015年12月08日

■普天間移設問題の増悪(13)

■普天間移設問題の増悪(13)

今回は普天間移設に北部振興がリンクした話をしたい。北部地域の振興は北部12市町村からの共同要望を踏まえ、「普天間飛行場の移設に関する政府方針(1999年12月28日閣議決定)に盛り込まれた。振興策は基地受け入れの条件だったのだ。

SACO最終報告の大きな課題は、普天間飛行場の辺野古への移設・返還だった。地元の反応も政府にとっては追い風となった。1999年11月22日、沖縄県知事・稲嶺恵一は移設候補地を「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」とすることを表明したからだ。同年12月27日、名護市長・岸本建男も同意し、普天間の辺野古受け入れを決断する。

普天間飛行場の移設を辺野古に受け入れる条件として、沖縄県及び名護市は、住民生活や自然環境への特別の配慮、移設先及び周辺地域の振興、沖縄県北部の振興及び駐留軍用地の利用促進の要請を行った。

辺野古受け入れ直前の1999年11月19日、第13回沖縄政策協議会開催。沖縄知事・稲嶺恵一は2000年度の沖縄関係予算の概算要求に関連して「沖縄経済21世紀プラン」の推進を初め、その展開を支援するための100億円の特別財源措置の継続等沖縄振興を推進するための予算の確保をお願いした。基地と特別調整費、振興策について政府を巻き込んだ議論が展開していく。

次回は第13回沖縄政策協議会における稲嶺知事要望、知事要望について政府の取り組み方針を取り上げる。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする