2015年12月16日

■普天間移設問題の増悪(19)

■普天間移設問題の増悪(19)

●普天間移設と北部振興@

北部地域の振興は、沖縄県及び北部12市町村からの共同要望を踏まえ、「普天間飛行場の移設に関する政府方針(1999年12月28日、閣議決定決定)」に盛り込まれた。振興策イコール基地受け入れだったのだ。

SACO最終報告の大きな課題は、普天間飛行場の移設・返還である。1999年11月22日、沖縄県知事・稲嶺恵一は移設候補地を「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」とすることを表明。更に12月27日、名護市長・岸本建男は同飛行場代替施設に係る受け入れを表明する。

普天間飛行場の移設を辺野古に受け入れる条件として、沖縄県及び名護市は、住民生活や自然環境への特別の配慮、移設先及び周辺地域の振興、沖縄県北部の振興及び駐留軍用地の利用促進等の要請を行った。

政府はこうした受け入れ経緯要請に基づき、1999年12月17日の第14回沖縄政策協議会の了解を踏まえ、海上基地建設を閣議決定する。

普天間飛行場移設方針の閣議決定によれば、辺野古代替施設は軍民共用空港を念頭に整備を図ると記載する。米国とも協議して取り組む方針を示す。

基本計画の策定は、建設地点は、「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」とし、代替施設の工法及び具体的な建設場所の検討を含めて基本計画の策定を行うとする。基本計画の策定に当たっては、移設先及び周辺地域の住民生活に著しい影響を与えない施設計画となるよう取り組むと明記する。

代替施設の工法及び具体的な建設場所につい手は、地域住民の意向を尊重するという。沖縄県及び地元地方公共団体と相談を行い、最善の方法をもって対処すると地域への理解を求める。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする