2015年12月18日

■普天間移設問題の増悪(21)

■普天間移設問題の増悪(21)

沖縄知事・稲嶺恵一と名護市長・岸本建男はなぜ、普天間飛行場の辺野古移設を容認したのか。その理由は、軍民共用空港として空港を活用した地域の農産物の移出で北部の振興を図る狙いがあったからだ。

代替施設の使用期限を15年に限定し、その後は民間空港として北部地域の将来像を描いていたことを岸本建男から聞いたことがある。軍民共用空港と使用期限15年問題は1999年12月28日閣議決定した「普天間飛行場移設政府方針」で明文化された。

政府は、「沖縄県知事及び名護市長の要請を重く受け止め、米国との話し合いの中で取り上げると約束。そのことは、国際情勢の変化に対応して本代替施設を含め、在沖米軍の兵力構成等の軍事態勢につき米国政府と協議する」との文言も閣議決定文書に記載されている。

沖縄知事、名護市長の要望は閣議決定されたのだ。しかし、その約束は覆されていく。2006年5月30日、「普天間飛行場の兵力構成見直し等に関する政府の取り組みについて」の閣議決定において「普天間飛行場の移設に関する政府方針(1999年12月28日)」は廃止になったのだ。

在日米軍兵力構成見直しの閣議決定に基づき設置された「普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会(2006年8月29日)」の第1回協議会において「北部振興事業の継続及び確実な実施」が要請されたが、継続して実施していく方針が了承。北部振興予算は大幅に切り込まれていく。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:07| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする