2016年01月12日

■普天間移設の増悪(36)

■普天間移設問題の増悪(36)
〜政府に潰された名護市長・岸本建男〜

名護市議会は2005年11月21日、臨時議会を開き、普天間飛行場の移設先として日米が合意した名護市辺野古のキャンプ・シュワブ沿岸案に反対する意見書と決議案を賛成多数で可決した。地元は拒否を突きつけたのである。

1999年12月には賛成していた。当時、名護市議会は普天間飛行場の「辺野古沿岸域への移設整備促進決議」を賛成多数で決議。これを受けて名護市長・岸本建男は普天間飛行場の受け入れを正式表明した経緯がある。私は岸本から電話を受け会ったことがある。

岸本は苦渋の選択をした後、相当悩んでいた。本ブログですでに取り上げたがなぜ、岸本は辺野古移設を容認したか、彼が白状した内容を掲げる。

■ ■ ■(再掲)
宮田君、骨抜きにされたよ。何のことか意味が分からなかった。ゴーヤーチャンプルと泡盛に浸りながら名護市長・岸本建男が嘆いた。彼が普天間飛行場代替施設の受け入れを表明したのは1999年12月27日だった。苦渋の選択だったと泡盛を飲みながら吐露した。
悩みを吐き出してそっとしたのだろうか。非日常の世界に身をおいてリラックスしたのだろうか。彼には友人を思う情熱と人間的な誠実さがあった。温かさ、おおらかな親愛感といったものに吸い寄せられながら付き合ってきた。

岸本は早稲田を卒業し、同大大学院に進学するが、途中から嫌気がさし世界放浪の旅に出る。反戦思想の持ち主でもあった。酒も強かった。彼が市長選に出馬する話を聞き、我々寄宮中学出身者は燃えた。ボランティアが浸透した。

沖縄でも風が強いと冬は寒い。晩冬の気配の濃い那覇市内で、時のたつのも忘れて沖縄の将来について語り明かしたことが昨日のように思える。

岸本が普天間受け入れ表明後の2000年2月10日、政府・沖縄県・北部3市町村の代表による普天間移設に伴う「北部振興協議会」が発足する。北部振興事業がスタートするに当たり、岸本は北部の発展策に思いを馳せ「金融特区」に名護市の将来像を描いていた。

役割の重さを痛感しているよ。どうしても実現させるんだ。岸本の言葉の根底は、故郷・名護に深く根づいていた。

その後、市長として陣頭指揮を執り、ダブリン(アイルランド共和国)を調査する。その結果をまとめた報告書が早速私の手元に届いた。

名護市は「国際情報通信・金融特区構想」をまとめ、政府に要望・実現を求めた。南北格差をうずめる。名護市でも東西格差がある。格差論を唱える彼の話は説得力があった。名護を沖縄の「ダブリン」にする。意気込みのすごさを知った。彼は金融特区の実現に向けて次の項目を政府に突き付けることになる。

・法人税の実効税率の軽減
・個人の所得税の軽減
・利子、配当、キャピタルゲインの非課税
・地方税の免除
・連結納税制度の適用除外
・会社型投資信託促進税制の創設
・情報・金融ベンチャー企業創設促進税制の創設
・ストックオプション付与に係る優遇税制の創設
・貸金業規正法、銀行法、出資法、印紙税法、外国為替及び外国貿易法の改正
・証券取引所設立の規制緩和
・キャプティブ保険会社の容認
・会計基準の特例(米国、英国の会計基準の承認)
・英語による申請書等の受理
・英語による決算書類等情報開示の容認
・大容量通信回線の保有
・国際情報通信・金融都市建設計画
・情報特区の創設
・管理運営主体の設置

岸本が政府に提出した金融特区構想に政府は驚いたという。沖縄に法律の風穴を開けるわけにはいかないとの理由で骨抜きにされた。法人税の35%軽減だけで決着した。沖縄振興のシナリオの演じ手(政府)に変化がみられたのだ。

政府は彼に海上基地受け入れを認めさせたが、彼の要望をつぶしてしまった。その理由は、タックス・ヘイブン(租税回避地)になることを恐れたのが理由であることを岸本から聞いた。沖縄開発庁の幹部(大蔵省出身)が反対して実現しなかったと、彼は悔しがった。
私は当時、国の機関に務めていた。那覇市内の飲食店にその幹部を接待した際に租税回避地は認めないという話を聞いたことがある。

深酒をしながら政府に裏切られたよ。岸本の言葉が重くのしかかる。いま、岸本はこの世にいない。彼は一坪反戦地主だった。どうして政治の価値観を変えたのか。社会と経済のうねりから何が彼をそうさせたのか。北部振興事業を優先するために海上基地を受け入れたのか。僕にはわからない。

岸本は名護市の将来を描くことがたびたびあった。情熱、言葉に力がこもっていた。故郷を思う土の香り、人間の匂いが色濃く感じられた。縦横無尽に走り回る岸本の叫び声を聞くことはできなくなった。彼の魂は脈々と沖縄に息づいている。

今、沖縄で何が起こっているのか。岸本が生きていたなら、辺野古の現状をどう見ているのだろうか。

□ □ □
名護市が実施した『沖縄国際情報金融センター設置調査業務報告書』は、ダブリンの成功要因を次にように説明する。
アイルランド共和国は1989年、ダブリン市内の再開発地域(カスタムハウス・ドック)に国際金融サービスセンター(International Financial Services Center:IFSC)を設立。第一の目的は、金融機関誘致による雇用機会の創出であった。設立後、イタリアを筆頭とする欧州、米国、日本等の先進国の金融機関が、有利な税制と良質な労働力の供給に引かれて進出したので、IFSCは欧州の主要な金融センターに成長し、バックオフィス業務等による雇用の創出が実現した。

成功の要因は、政府の積極的関与である。法人税率10%の税制優遇措置(2003年1月から標準税率12.5%に一本化)、政府産業開発庁による積極的なマーケティング活動、内閣府など行政機関と業界団体がワーキング・グループを組織し、効率的にIFSCを動かす仕組みを構築した。

監督者のアイルランド中央銀行は、健全性規制を厳格に実施しつつも、金融機関の許認可ニーズに迅速に対応している。
インフラストラクチャー(基盤)は充実。安定した法律・金融制度、教育水準の高さ、かつ若い労働力の供給、充実した情報通信ネットワーク、近くて便数の多い国際空港があり国際金融センターの条件を備えている。
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2016年01月08日

■普天間移設問題の増悪(35)

■普天間移設問題の増悪(35)

ローレス米国防副次官は普天間飛行場のキャンプ・シュワブ沿岸案への移設について、環境影響評価に3年を見込んだ上で2006年から「6年から7年後」の2012年までに完成させる目標を明らかにする。

在沖海兵隊将兵など7千人のグアムへの移転も普天間とセットで、同時進行で2012年までに完了すると述べた。

普天間移設とグアム移転2012年完了目標は日本政府も妥当なスケジュールだと合意しているとも述べた。

普天間移設の協議では「沖縄だけでなく日本全体で協議した」と県外移設を検討したことにも言及。一方で沖縄における軍事力強化の維持を持ち出し、シュワブへの移設で普天間の軍事力より強力に統合。約7千人の海兵隊が沖縄から移動するのは、我々にとっては小さい取引ではない、と逆に成果を強調した。

沖縄でシュワブ沿岸案への移設反対が上がる中、県民に対しては「我々は日本との同盟で責任があり、その同盟関係には沖縄の人々も含まれるとして理解を求めた。

移設の実現性について、「日本政府はハイレベルな自信があると話している」と日本側の約束を強調。

2005年11月11日、日本政府は、在日米軍再編中間報告の迅速な実施のため「必要な措置を講ずるよう検討する」と閣議決定。必要な措置とは、移設先の振興策や移転先の日本側負担。来週、官房長官や外務、防衛、財務、総務、沖縄担当相の6閣僚の協議の場を設け、政府上げて取り組む方針を明らかにした。北部振興策が担保されていく。北部振興策は普天間移設の政治力学が動いていたのである。

額賀防衛庁長官は、閣議決定の前日の10日、小泉首相と面会し沖縄現地の厳しい反応を報告。防衛だけでは処理できないので政府上げて取り組むよう報告し首相も了解していた。

小泉首相は、「日米安保体制維持のためには、沖縄の基地負担はやむなし」との考えを示す。

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2016年01月07日

■普天間移設問題の増悪(34)

■普天間移設問題の増悪(34)

2005年11月5日、在沖海兵隊司令部のグアム移転に関し、移転費用やグアムでの施設費建設費を日本側が負担することが明らかになった。日米安保条約や日米地位協定には在日米軍の海外移転費を日本が負担する規定がないためで、米国との特別協定締結や新たな法整備を検討するものだ。

沖縄海兵隊のグアム移転費を日本政府が支払うことについて沖縄の負担軽減を優先すると説明する。米国軍隊の海外移転費を支払うことは、異例の措置である。日米両政府は、日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、米海兵隊第三海兵遠征軍司令部(うるま市)のグアム移転で合意したと説明する。支援要員を含む6000人がグアムに、1000人が本土に移転する。

日米合意の中間報告は「移転を実現可能とするための適切な資金的その他の措置を見だすための検討を行う」としていた。

国内の再編費用は日米地位協定に基づき、予算に特別枠を設けて負担する方向で検討することも分かった。

沖縄対外問題研究会代表の宮里政玄氏は、琉球新報識者評論で「在沖基地を北部集約によって抑止力を最大限に維持しながら基地の恒久化を図る狙いだ。沿岸案は埋め立てが大規模でいろいろな形で使われる可能性がある。負担軽減策も実現性に疑問がある。沖縄の負担が変わらない可能性もあり、日本側ができない約束をしたなら禍根を残す」と指摘する

さらに「日本政府は苦渋の選択として認めたなら、沖縄の事情を理解していない。対外交渉は国内の支持が得られるかで可否が決まるが、特に沖縄については受託可能な範囲を超えている。政府は実施を米国に約束したが、大きな問題だ」と疑問視する。

宮里氏は国際的な政治学者だ。次の指摘も鋭い。
1.嘉手納以南の基地返還については具体名がない。今後、移設が返還条件として圧力がかかり、再び「苦渋の選択」を責められる場合がある。拒否を貫き通すことが重要だ。

2.歴史的背景から見ても、土地闘争や復帰運動など、県民はこれまで軍政の下でも抵抗してきた。頭越しに決められたことで県民反発は当然。

3.北部に集約されれば、元には戻らない。県民は歴史的転換点だということを踏まえ、当事者意識を持ってまとまることが大切。

4.知事も全県民の要求として@普天間飛行場の県外移設、A新たな基地の建設を認めない、B騒音などの基地に伴う問題の緩和を推してもらい、簡単に折れてはいけない。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする