2016年01月01日

■2016年を迎えて

■2016年を迎えて
〜魂の光をともす年でありたい〜

2015年が去り、新しい年を迎えた。昨年は基地問題に始まり、基地問題に終わった1年だった。辺野古の衝撃を目の前で見ていると、そこには不条理の沖縄の姿がある。沖縄の苦界が発信された年でもあった。戦後70年、沖縄の現実とは何か。12月31日付の沖縄タイムス社説に「戦後のない沖縄の戦後」の社説が掲載されていた。

2016年度の予算は3350億円に決定した。島尻安伊子沖縄担当大臣は直前に「基地と振興策はリンクする」と語り沖縄を揺さぶった。この人は沖縄人の仮面をかぶっているが腐れナイチャーである。政府と対峙する沖縄へ権力を振りかざし威圧した。反響の大きさに驚いたのか、翌日は基地と振興策はリンクしないと言い直した。7月の参議院選挙では、沖縄県民の審判を受ける。県民は答を出すだろう。

沖縄は基地を拒否していながら振興予算3千億円をもらっているという間違った常識が日本国内で流布している。誤解が常識化している。優遇し過ぎだという意見がネット空間を席巻する。忍土・沖縄の歴史を知らずに・・・。

戦後沖縄の歴史を見ると分かる。国防の犠牲になった沖縄に基地を押し付けておきながら、政府は戦後17年財政援助を放置してきた。本土・沖縄の断層線がもたらしたのは社会・経済格差だった。戦後70年、沖縄予算の総額は国家予算のわずか0.65%だ。

沖縄振興の原点「償いの心」は果たされたとは言えない。沖縄の経済社会は豊かさを実感しない。

日本列島の南の片隅にある沖縄に基地が集中する。政治も経済も立ち遅れている。沖縄振興は富ではない、「償いの心」からスタートしたが、貧困格差が存在する、所得は低い。学費が払えなく高校へ進学できない若者もいる。

国の大型事業の沖縄予算は本土へ逆流する。人間回復の沖縄振興ではなかった。基地の重圧が沖縄を襲う。

今年は豊かさを実感する年でありたい。希望ある沖縄でありたい。
2016年が明ける直前、那覇市与儀公園前の那覇警察署の道路沿いにある「日本政府南方連絡事務所の跡」の石碑の前で、沖縄復帰の恩人・山中貞則先生の言葉を思い出した。

「沖縄にすべての政治生命をかける」「沖縄振興は償いの心である」。

復帰から44年を迎える。今、沖縄で何が起こっているのか。なぜ、そうなったのか。日本の民主主義が問われている。沖縄の痛みは日本の痛みである。

2016年は沖縄にとって薄日が射す年でありたい。魂の光をともしたい。沖縄の悲しみと痛みをやわらげる年でありたい。新しい年を迎えて沖縄の現実を考えたい。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:08| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする