2016年02月29日

沖縄振興法成立をめぐる国会論戦(1)

沖縄振興法成立をめぐる国会論戦(1)
〜1971年11月・国会質疑のポイント〜

5月15日に沖縄は復帰44年を迎える。沖縄復帰に備えて国の責任で「沖縄振興法(案)」が策定され、1971年沖縄国会で質疑が行われた。議論の内容をシリーズで連載する。

■問1 沖縄の特殊事情とは何を指しているのか。
沖縄が26年余にわたり、本土の施政権の外にあったこと、多数の離島から構成されていること、本土から遠隔地にあること等である。

■問2 沖縄に基地が多いことも特殊事情に含まれるのか。
沖縄においては多数の基地が存し、そこに多数の人々が雇用されていることは事実であり、沖縄における米軍の撤退等に伴い一時的に失業者が生ずることも予想される。このような事情に基づき職業の安定にための特別措置を本法案第六章に規定しているところである。

■問3「基礎的条件の改善」とは何を意味するか。
長期間にわたり施政権を異にしていたこと、離島が多いこと、本土より遠隔地にあること等各種の特殊事情により本土に比して遅れている港湾、漁港等の生産基盤施設、生活環境施設等の整備改善を図ることを意味する。

■問4 この法律は、憲法第95条にいう特殊立法ではないか。@
沖縄振興法は、沖縄の復帰に伴い、総合的な沖縄の振興開発計画を策定し、及びこれに基づく事業を推進する等の特別措置を講ずることにより、その基礎条件の改善と振興開発を図ろうとするもので、特定の地方公共団体を対象としたものではなく、沖縄という地域に着目して当該地域の振興開発を国及び地方公共団体が協力して実施しようとするものである。

たまたま、当該地域に関する地方公共団体は、沖縄県と沖縄県下の市町村であるが、それらの地方公共団体の組織及び運営に関する現行制度を前提として、沖縄振興法で定められた事業を進めようとするものである。
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2016年02月26日

■沖縄社会の底辺で生きる「貧困層」

■沖縄社会の底辺で生きる「貧困層」

復帰後、日本政府がつくった「沖縄振興計画」、そこには「貧困対策」がない。復帰後の沖縄振興は本土に立ち遅れている道路、空港、港湾など土建業中心の振興策であった。歪んだ社会の底辺に光は当たらなかった。手を差し伸べることもなかった。

いま、連日報道されている沖縄の貧困問題。自ら貧困になったわけではない。日本に復帰したが仕事がない貧困層、ワーキングプア、低収入、格差社会は具体的にどのようなものだろうか。政治家や官僚は目を向けることはなかった。

授業料が払えなくて高校を中退する学生もいる。電気料金が払えなくて電気が切られる家庭もある。母子家庭3人の食費が一日200円で暮らしている家庭もある、と新聞で報道されていた。

子どもは親を選べない。貧困家庭に生まれた子供は教育も受けられない不平等さ。きわめて貧しい人々が沖縄社会にあふれている。政府の沖縄政策は何であったのか。

沖縄タイムスの「学びの時計」を読んで胸が熱くなった。戦後の沖縄で貧困のため中学にも行けない。一家を支えるために働きに出ていたのである。夜間中学で学ぶ50代、60代、70代。ようやく義務教育の卒業証書を手にした方々の喜びの証言があった。苦しくて貧しい過去を述べた。教育への情熱に頭が下がる思いである。人生を取り戻したという卒業生の言葉を聞いて涙した。全土が焼け野原となった沖縄。

戦後17年、日本から援助がない時代があった。復帰後44年を迎える沖縄。ようやく「貧困対策」に取り組む行政。沖縄振興の陰の部分に光は射すのか。どうして無頓着だったのか。基本的な教育や生活苦など貧困層を対象とした「プロジェクト」はなぜなかったのか。

貧困─子供たちは教育のチャンスを奪われ、食事もまともに取れない母子家庭。その眼は政治、行政に訴えている。あまりにも長い間、目に見えないまま放置されていた。これはどういうことだろう。沖縄政策への深い疑いを抱く。

沖縄2紙は連日報道する。行政が動いた。沖縄の底辺社会に深く刻まれた貧困対策はこれから始まる。

貧困が緩和されて沖縄振興の評価は定まる。沖縄経済再建─そこには希望があった。生活をよくしよう。社会を良くしよう。これが日本復帰ではなかったのか。社会の底辺で生きる貧困層には光を照らすことはなかった。

貧困が意味するもの─沖縄に問われている課題である。最も貧しい人々に我々は何をすべきか。貧困の疼きに目を向けたい。
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2016年02月25日

■官僚の意識構造

■官僚の意識構造

日本経済新聞『官僚』を読んでいると、変わらぬ自負、揺れる意識のアンケート項目があった。官僚の内側を見ると「仕事に満足している」のは20代で半分しかない。若い世代ほど「目的意識の喪失」といった空気が漂っていると分析する。

戦後の発展は、官僚がいなければ達成できなかったと思いますか、という設問に8割の人が「そう思う」と答えている。全体としては、日本の発展の牽引力として強い自負心を持っていることが確認できる。

一方、自分の子供が官僚になることを勧めますか、という設問には「賛成するは44%」だ。世代別にみると、「20代は19%」「30代は54%」「40代は48%」「50代は50%」だった。驚いたのは積極的に勧めないが全体で52%あったことだ。

日本の発展を官僚が支えている意識がありながら、自分の子供には官僚になることを勧めないという意識のギャップは何だろうか? 自らの役人人生にはプライドがあっても子供には同じ人生を勧めない人が半数以上いる意識構造は何だろうか?

最も驚いたのは、天下り批判をどう思いますか、という設問に「民間とのパイプを太くし政策ニーズを吸い上げる」と肯定的な意見が43%を占めていることだ。

50代になると、役所内での最終ポストに達する年代。そろそろ自分の身の振り方が気になる時期である。「天下りがないとその後の人生設計」ができない」という差し迫った思いが頭を持たれ始めるかもしれない─と分析する。

不用官庁のトップは、北海道開発庁で2位は沖縄開発庁と答えている。霞が関に軋む巨大権力から見れば、魅力がない組織かもしれない。

この本の帯がきに書かれた言葉。
「揺るぎなき管理への執念。だがそれが国を誤るとしたら・・・。時代への適用力を失いかけている最強の頭脳集団・官僚」。

日経記者が徹底追及する筆力、分析力に吸い込まれてしまった。
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