2016年04月19日

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(1)

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(1)
〜1967年特別国会質疑のポイント〜

日本政府が沖縄に財政援助を開始したのは1963年度である。沖縄は戦後17年間、日本政府の財政援助から切り離されていた。ケネディは1962年沖縄新政策を発表。これを受けて日本政府は米軍政下の沖縄に財政援助を閣議了解する。

沖縄財政援助は国会でどのような議論がなされていたのか。ブラックボックスに包まれていた対沖縄財政援助の国会論議の論点を明らかにする。

■問1 沖縄財政援助の基本方針は何か。

沖縄援助に関する基本方針は、沖縄の本土復帰に備え住民の民政・福祉の水準をできるだけ速やかに本土国民のそれと同水準にまで引き上げることを目途として、教育、社会福祉、公衆衛生その他の分野における格差の解消及び経済の発展を図り、沖縄と本土との一体化を推進することである。

■問2 昭和42(1967)年度沖縄援助費の特色と概要を示せ@。

●特色
第12回日米協議委員会において合意された日本政府の沖縄援助費は103億5277万円については、日本政府の会計年度(4月〜3月)と琉球政府の会計年度(7月〜6月)との相違に対処して、援助項目ごとに適時に援助金を支出し得るよう配慮して、日本政府の昭和42(1967)会計年度及び昭和43(1968)会計年度におのおの分割計上した。

すなわち、昭和42(1967)会計年度においては、82億1757万円を計上し、昭和43(1968)会計年度においては21億3520万円の援助を予定している。

明年度(一部昭和43年度支出分を含む)の対沖縄援助については、昨年度に引き続き大幅な増額を行うこととし、前年度の約倍額に近い額となっている。また、援助事業の各項目及び金額については、著しく拡充強化されている。

1966年9月の第2宮古島台風により宮古島は甚大な災害を被ったので、災害復旧事業に対する日本政府援助費を計上した。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする