2016年04月26日

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(6)

米軍政下の沖縄財政援助をめぐる国会論戦(6)
〜1967年特別国会質疑のポイント〜

■問3 昭和41(1966)年度までの沖縄援助費の概要を示せ。

政府の沖縄援助は、昭和27(1952)年度から開始された。最初は教育関係の援助であり、沖縄教員の本土研修費、沖縄の学生に国費を与えて本土大学に進学させる等の援助であった。

昭和31(1956)年度から南方同胞援護会を通ずる援助、翌昭和32(1957)年度
から総理府を通ずる援助が開始されたが、戦後処理的なものであった。昭和35年度においても援助額は8000万円であった。
* 解説(宮田)・戦後処理を国の責任で実施したもので財政援助ではない。琉球政府は国の財政援助の枠外に置かれていた)。

1962年、池田・ケネディ会談を契機として、1963年度から琉球政府に対する本格的な財政援助が開始され、1964年の日米協議委員会の設置、1965年における佐藤総理の沖縄訪問等も相俟って沖縄援助は年々充実してきている。

琉球政府に財政援助が開始された1963年度から5か年の沖縄援助の各年度の当初予算は次のとおりである。
1963年度:10億1957万円
1964年度:18億3067万円
1965年度:18億7478万円
1966年度:28億6563万円
1967年度:58億97万円

5か年で5倍以上の増額がなされている。1963年度及び64年度においては、産業開発、国土保全、運輸交通等の公共事業を中心とした援助が行われた。

1965年度以降は、公共事業を継続的に援助するとともに社会福祉、医療関係及び教育関係の援助に重点が置かれている。


posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする