2016年06月20日

■民族の怒りが燃えた

■民族の怒りが燃えた
〜沖縄県民大会に参加して〜

灼熱の太陽が照らす沖縄。6月19日、沖縄県民大会に参加した。沖縄の痛み、苦痛と侮辱・・・戦後71年の沖縄の現実だ。元米海兵隊員が女性を暴行し遺棄した残酷な凶悪事件。被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会だった。

6万5千人が集まった。民族の怒りは頂点に達した。心を静かにし、耳を澄ませて聞いた。開会は古謝美佐子さんの「童神(わらびがみ)」が流れた。

「天からの恵み、受けてこの地球(ほし)に 生まれるわが子 祈り込めて育て
イラヨーヘイ イラヨーホイ」

樹木が光を求めるように、沖縄県民は平和を求める。安心して暮らせる沖縄を求める。

人間の尊厳を断ち切られ、20歳の若さで命を絶たれた。基地がある所以だ。いつまで続くこの不条理。古謝美佐子さんの歌声を聞いて涙した。天高く沖縄の空に響いた。官邸まで響いてほしかった。

6月19日付の『沖縄タイムス』『琉球新報』の別冊は戦後の米軍関係者の事件・事故の詳細が掲載されている。貴重な資料だ。同日付の『琉球新報』島洋子政治部長の特別評論は心に響く。多くの日本人が読んでほしい。

共同代表の、稲嶺進さん、呉屋守将さん、高里鈴代さん、玉城愛さんの挨拶は素晴らしかった。沖縄の現実が集約されている。安倍首相や日本政府の高官に聞かせてあげたかった。

誰もが生まれ育ち、誰もが自由に安全に、当然のように生きられる土地がある。日本国の中に沖縄は含まれるのか。なぜ、沖縄には本土のように安全で自由な生き方ができないのか。

翁長雄志知事の挨拶は海兵隊撤退まで踏み込んだ。沖縄の苦悩が滲み出ていた。日本人は広い心で沖縄の現実を見てほしい。知事の言葉は県民の心に貼りついている。
「ぐすーよー まきてぇーないびらんどー」・・・翁長知事の言葉に魂の力を感じた。共感の響きが会場を包んだ。拍手が溢れていた。

ウチナンチュー(沖縄人)で県民大会に不参加を表明した政党がある。参議院選挙前だとか、政治色が強いとか、理由をつけた不参加の記者会見内容がマスコミから伝わってくるが、そのような次元の低い問題ではない。沖縄の現実の問題である。県民の尺度で県民の立場で政治を行っているのか。損か得かの問題ではない。沖縄を見る尺度は何か。米軍の凶悪犯罪に心を砕いて向き合うことができるのかが問題だろう。政治は県民の心と同じでなければならない。

一人の若い命が失われたが、この現実をどう感じているのか。政治色が強いから参加できないという発言自体が政治色の匂いがする。県民から心が離れる時が来る。今沖縄で何が起こっているか。政治とは何か、考えてほしい。

不条理の沖縄で生きてゆくために、人は力を要する。困難があればあるほどその力がものを言う。

人間のほんとうの生き方は何か。「もしかしたら私だったかもしれない」・・・共同代表の玉城愛さんの言葉を聞いて、米軍人軍属が口を開け県民を恐れおののかせる不安が心を刺す。

暑き夏の沖縄・・・痛みを通しての連帯があった。「時の呼びかけ」を聞く県民大会だった。沖縄の心が一つにつながった。戦後71年の忍従を解き放つ力で県民は立ち上がった。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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