2016年09月30日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(31)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(31)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■平和条約第三条のもとにある布令、布告で取り上げてきた基地、軍用地を今度は返還協定でこれを認め、そしてさらに国内法でその布令や布告の法内容と同じ本質をもってこれから継続しようとする。このことは絶対許されない、このことについてどう思うか。

(佐藤内閣総理大臣)
アメリカが持っている施政権の終期規定なしに平和条約を締結したのである。信託統治になるまでは、アメリカが立法、司法、行政の全部または一部を行使するとはっきり書いてある。

しかし、それが布令に従っただけで全部が是認されるものではないと思う。時には、その布令自身も大変不愉快に思うような布令すらある。私は、終期のない沖縄の占領状態に早く終止符を打つことが県民、同時にわれわれ同胞の念願ではないかと思う。私はその点について、第三条の問題でなしに、大局的見地に立って是非ともこの問題の審議を進めてもらいたいと思う。

■沖縄に収容された土地はどのくらいあるか。

(島田防衛施設庁長官)
本年1月1日現在、軍用地の面積は2億平方メートルであるが、契約件数が約5万4千件、筆数で約13万3千筆、そのうち契約によるものが筆数で94%、収容が6%、面積で97%が契約で3%が収用、件数で90%が契約、10%が収用という状況である。

■沖縄の基地の中で国有地、県有地、民有地は、それぞれどのくらいあるのか。

(島田防衛施設庁長官)
今回の返還協定の了解覚書で米国に提供することとなっている88施設の総面積は2億9455万9900平方メートルで、そのうち、民公有地が1億9963万6100平方メートル、県有地が415万2200平方メートル、国有地が9078万1600平方メートルであって、大体3分の2が民公有地ということになっている。
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2016年09月29日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(30)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(30)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■1952年11月に布令を出し、さらに翌年布令で新たに今度強制収用、即時占有、そういういやおうなしに土地を取り上げることのできる権限をとった。それが施政権か。軍事占領と変わらんし形で、土地をとりあげるという権限を平和条約は許していたというふうに解釈されるのか。

(外務省井川条約局長)
平和条約第三条は、完全に無制限なる権利をアメリカに与えたものではない。占領事態についても、占領軍の権力は偉大なものではあるが、「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」により、その占領軍の権力に制限がある。

しかも、この場合、占領軍の権力はなぜ非常に強大であるかと言えば、やはり占領という戦時状態であるということから出発いたしておるわけである。

そのような戦時中に起こった諸々の事件、請求権あるいは不法作為、そういうものを全部解決するのが、サンフランシスコ平和条約のみならず、あらゆる平和条約の建前である。

従って、4月28日までのそういう種類のものは平和条約によって解決されている。これはよその国のあらゆる平和条約と同様である。

そしてこの平和条約第三条に基づき与えたところの施政権は。形式的に立法、司法、行政の全部を含んでおるわけだが、すでに占領軍の権力については「陸戦ノ法規慣例ニ関スル規則」において制限があるのだから、その上に交戦状態というものが終了しているわけで、その制限はもっと強いものであると私は理解している。
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2016年09月28日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(29)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(29)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■1952年4月28日というのは、平和条約の発効の日である。平和条約の発効ということは、国民にとってどういうことになる状態を言うのであるか。その基本を明確にせよ。

(高辻内閣法制局長官)
まず、第一に戦争状態が終了した、それからまた、わが国は主権を回復した、これが柱であり、基本である。従って、戦争状態が終了したのは講和条約の締結、発効であるので、その前の時点では沖縄における米国の行政権は何に基づいているかと言えば、「陸戦ノ法規慣例に関スル条約」の支配するところである。

■百万県民が憲法の上から平和条約三条で離されたということについて憲法はそれを了承する規定はどこにもない。人権を国家権力や憲法で差別することはできない。この条約三条のもとで、平和でもないし、人権も否定されてきた。このことについて認めるか。

(高辻内閣法制局長官)
あれだけの大戦争があり、日本が敗戦の憂き目を見た結果占領された。そうして憲法ができた。憲法がほんとうにその息を吹いたのは、平和条約の締結の際である。

要するに、沖縄が平和条約第三条のもとで米国の施政権のもとにたつことになった。それと、そういう条約を締結した際に日本国憲法はまさにその実行力を発揮した。そういう関係にあるわけで、両者の関係を憲法に違反するとか違反しないとか言うようなことを論ずるのは適当でないと考える。
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