2016年09月02日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(12)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(12)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■日本は平和条約によって台湾に対する権利を放棄しているが、問題は日清戦争により尖閣列島を台湾とともに日本の領土に編入したものであるかどうか、そうであれば第二次大戦の結果、尖閣列島も台湾とともに放棄しているかどうかという点である。日清戦争以前の記録はどうなっているか、所見を賜りたい。

(福田外務大臣)
明治18年以降政府は再三現地を調査し、これが無人島であること、清国の支配の及んでいないことを確認した上、日清戦争の終結のため明治28年5月の下関講和会議に先立ち、同年1月14日の閣議決定によって正式にわが国の領土であることを確認している。

従って、尖閣列島は、下関条約第二条によってわが国が清国から割譲を受けた台湾、澎湖(ほうこ)諸島に含まれていないことは明瞭である。

また、尖閣列島は平和条約第二条によって放棄した領土には含まれていない。第三条に基づき琉球諸島とともにアメリカ合衆国の施政権下に置かれたものであり、今回の沖縄返還協定によりわが国に返還され、現にアメリカに基地として提供している。

中国も中華民国も米施政権下に置かれた同諸島に従来何ら異議の申し立てをせず、1970年後半になり、同島周辺の大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及んで、はじめて尖閣列島の領有権を問題にするに至っているのである。

■国民党政府が尖閣列島に対する領有権をいつごろから主張し出したか、また、中国が一番初めに主張したのはいつだったか。

(外務省高島条約局長)
中華民国政府が最初に言及したのは1970年8月19日、中華人民共和国政府が最初に主張したのは非公式には1970年12月3日、公式には1971年12月30日である。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする