2016年10月25日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(47)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(47)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

那覇空港の返還等B
■那覇空港について、審議の過程で米軍も一枚加わった三者共同使用は
絶対ないとのことであるが、基地の中に米軍のミサイル基地があるというような状態で完全無欠な全面返還であるかどうか。

(福田外務大臣)
那覇空港はわが国に完全に返ってくるわけであって、その空港をわが国がどういうふうに使うかというと、三者使用という話もあるが、返還後に米軍が使用することはない。つまり、わが国の民間と自衛隊の二者が共用するのである。

■那覇空港に対しては自衛隊の使用はやめなさいという県民の強い要望がある。そういう感情を無視して自衛隊と共用することについて、意見があるのかどうかお聞きしたい。

(丹羽運輸大臣)
民間空港としては、もちろん、自衛隊の飛行場と分離したほうが望ましいことは言うまでもない。しかし、沖縄には自衛隊の飛行場が一つもないような現状としては、やむを得ぬことではないかと思っている次第である。

(江崎防衛庁長官)
現在返還される那覇空港が250万平方メートルという形になると、民間との共用においても、民間機が一日に大体三便程度という状況下ならば、現時点では共用は当然可能であると思っている。

■沖縄が返ってくるのであるから、県民の立場に立つならば、米側が受け入れぬというかもしれないけれども、広大な米軍基地を持って飛行場もたくさん持って使っているのであるから、そういうところを自衛隊と共用しろと、なぜ言えないのか。

(丹羽運輸大臣)
民間空港に支障をきたすようであれば、これは重大問題であるが、本土においても国土が狭い、飛行場が少ない点からして名古屋、仙台の空港は民間の飛行場であるが、自衛隊の供用を許している次第である。

また、自衛隊の管理している空港で、民間の飛行場として使用している場所も相当ある。そういうことであるから、感情問題もあるが民間空港の安全を第一に政府部内で協議してやっていけば、当分差支えないと思って同意した次第である。
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2016年10月24日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(46)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(46)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

那覇空港の返還等A
■那覇空港は、間違いなく返還されるのか。

(福田外務大臣)
返還時には間違いなく全面返還されると信じている。

■返還されるC表の那覇空港の中にA表の六六(那覇空軍・海軍補助施設)が入ってきているが、これはどういうわけか。

(外務省吉野アメリカ局長)
元来米側は、那覇空港地域一帯を大きな基地として持っていたわけであり、わが方は交渉の結果、飛行場にあたる部分を返してもらったわけである。従って、空港の背後地域には「那覇空軍・海軍補助施設」が残っているわけである。

■P3の撤去が5月15日以降になった場合、基地返還リストC表から那覇空港は取り除くことになるのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
さらに法律的に詰め、かつ米側とも話し合ってみないとわからないが、当面われわれの考えとしては、那覇空港については一応全面的にわが国に管理権が返還される。

そして、その管理権に基づいて、二4(b)をそこにしいて、一時使用の権限を再提供するという形になるだろうと、われわれは理解している。

■P3は返還時に撤去すると福田外務大臣が答弁しておきながら、P3は撤去が遅れ、それにより、那覇空港の全面返還が遅れるという報道があるが、その後どうなっているのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
P3の那覇空港からの撤去は、長い交渉の歴史があり、昨年の一月ごろからずっとこのP3の那覇空港からの撤去ということで先方と交渉をしてきた。先方は、最初はとても話にならないということであったが、次第に先方もわが方の強い要請を考慮し、それでは今那覇空港におるP3その他二、三の哨戒機を一体どういうようにして処理しようかということで都内で非常に長い間討議して、結局、協定署名の数日前に、ともかく次のような条件であれば撤去する、と申し入れてきた。

その条件は、ともかくP3が日本国内の別の基地に移る、従ってそのために必要な施設の建設その他の費用を日本側で持ってほしい、こういう交渉の末、先方はようやく那覇空港を返還のCリストに載せることに応諾したわけである。

しかし、このP3及びそれに付属するいろいろの移転の結果につきどうするかということで、ずっと先方と交渉してきて、その辺のいきさつが時々新聞などに漏れP3の移転が困難だとかいろいろのことがおそらく報道されたのだと思う。

いずれにせよ米側は最終的に、ともかく普天間の飛行場を整備してほしい、その他いろいろの施設も備えてほしいし、また、P3が普天間に入るためにそこにあるKC130という輸送機をどこかに持っていかなければいかぬ。

そういうこともいろいろ考慮しなければいかぬが、少なくとも返還日までには最小限度、普天間の滑走路を整備してほしい、すなわち1.5インチかさ上げしてほしい。そのための必要な費用を今回の暫定予算にわれわれとしては要請した次第である。

しかしながら、いろいろな折衝の末、結局組めないということに決まったことはわれわれも承知している。従って、それに伴う工事をわれわれは行うことはできない。従って、先方としては普天間に移り得ないということになるだろうと思う。しかしながら、いずれにせよこの善処策につきなお米側と交渉中である。

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2016年10月21日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(45)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(45)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

基地の縮小G
■ニクソン・ドクトリンによってアジア地域から米軍が撤退し、沖縄に集結するということはないか。

(福田外務大臣)
そのような心配はしていない。沖縄の状態は、るる米当局に申し入れてあるので、その点はアメリカ当局もよくわかっている。

■沖縄の基地縮小について、どのように米側と折衝する計画があるのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
一昨年の返還協定調印の際は、A、Bリストに載っておる基地がわが国としては提供することを予見したものである。

その後一番大きな交渉としては、今年の1月7日、サンクレメンテにおいて、佐藤総理・ニクソン大統領の両巨頭間の交渉において、「在沖縄米軍施設・区域、特に人口密集地域及び沖縄の産業開発と密接な関係にある地域にある米軍施設・区域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由」をこちらから説明して、先方は「双方に受託し得る施設・区域の調整を安保条約の目的に沿いつつ復帰後行う」ということで合意されたわけである。

その趣旨にのっとり、復帰後早速、われわれとしては、いろいろの候補地を挙げて、先方に対して整理、縮小を迫るわけである。

その態様としては、ある種の代替施設をわが方は提供するなりして、先方にそこに移ってもらうというようなことをする可能性もあるし、また、その後の米軍の使用状況により、先方が必要でないと認められるようなものは、そのまま返してもらう、こういうようなことをやるわけである。

■沖縄返還当日の在日米軍の総数を示せ。

(防衛庁久保防衛局長)
在日米軍は、今日2万6千名である。沖縄にある米軍の人員は、今回のベトナム戦争の激化でどうなったかちょっとわからぬが、昨年末の時点で約4万3千人である。

沖縄の復帰日以後しばらくの間に米軍がどういうふうに変わるかということについては、米軍は基本的に変わらない。しかし、現実には一部の部隊が閉鎖をされたり、ナイキ、ホークあるいはレーダーサイトの部隊が、日本側に返還されると、その分で特殊な技能の者はおそらく沖縄から外へ出て他に転用され、その分としては2千ないし3千人ぐらいは減るであろう。

自衛隊が配備されることによって、特定の機能を果たしておった部隊として2千ないし3千人が減ってもしかるべきであろう。そうすると約4万前後、長期的にはもう少し減るという見通しを持っておる。




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