2016年10月17日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(41)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(41)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

基地の縮小C
■このA、B、C表にこだわらずにもう少し戦略的な爆撃機地等を減らすということ、もっとそれよりも沖縄基地があまりにも米中接近と全然すれ違いの方向になるということを考慮し、これはやはり直していくという方向でハイレベルの話をしてもらいたい。

(福田外務大臣)
基地の状態は、これはA、B、C表、これであらわされているけれども、とにかくアメリカの上院もこの協定を今朝可決した。米側の法的措置ができたわけである。これははっきり了承願いたい。

しかし、実態的のことになれば、今とにかく、あの小さな沖縄島の22%も基地である。しかもその基地の重要部分があの中心部に密集しておるという状態を考えると、付属覚書としてA、B、Cの種類は決まるけれども、しかし、この協定の成立後において、何とか速やかに県民の要請にこたえていきたい。そのためには、最善を尽くしたいと思っている。

■返還前にアメリカと具体的に基地縮小整理のプログラム、スケジュール、そういうものについて協議をするということの合意をアメリカとやることは不可能か。

(福田外務大臣)
すでに協議を始めている。それで三つの問題があると思う。一つは、リクリェ―ションだとか、あるいは密集地帯の問題であるとかは、極東の客観情勢というようなものにかかわりなく進行し得る問題だという立場に立っておる。

もう一つは、極東情勢が緩和の状態で定着してくるという情勢になれば、沖縄における基地問題において大きな変化が出てくるだろうと考える。もう一つの問題は、アメリカの財政状態で海外に兵を保有している。カネのかかる問題である。そういうような見地から、アメリカがどういう考え方を沖縄に対して打ち出してくるか、これからの問題の処置に対処していきたい。



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2016年10月14日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(40)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(40)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

基地の縮小B
■A、B、C表の内容について不満がある。あの嘉手納基地がそのままで、一体本土並みと言えるのか。極東第一の軍事基地がそっくりそのままの機能を引き継いで、これで返還だとはおかしいではないか。

外務大臣はA、B、C表は動かせないから、返還した後からやるという。その前に新情勢に基づいてもう一遍アメリカ側とハイレベルでこの基地の相当大幅な縮減の話をもう一遍やらなければ、沖縄協定をつくるということの意味に大きく欠ける点があるのではないか。

(佐藤内閣総理大臣)
沖縄が祖国に復帰すると、安保条約並びにその関連取り決めがそのまま本土と同じように沖縄に適応される。沖縄に駐留する米軍の性格は、安保並びにその取り決めでわれわれが施設や区域を提供しているその範囲にとどまるべきだ、と思う。

来年中に沖縄が返ってくるが、それまでに直ちにそういう状態を実現しろ、と言われても、そう簡単なものではない。逐次その撤退方法を考え、A表、B表、C表と決めているが、返還前からもそういうものについて積極的に絶えず連携を緊密にして理解を深めてゆく、そういうことでないと整理、縮小はなかなかあがらないのではないか、と思っている。

勿論、米軍が今まで太平洋の要石だというような表現を過去においては使っているが、今日の情勢になるとさような点は変わりつつあると思うので、協議のいかんによっては意外にスムーズに話は進むのじゃないだろうかという気もする。




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2016年10月13日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(39)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(39)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

基地の縮小A
■いま米軍がニクソン・ドクトリンに基づいて、アジア太平洋からどのように兵員の削減をしつつあるのか、現状を具体的に数字で答えよ。

(西村防衛庁長官)
ニクソン・ドクトリンは、できるだけアジア地域において、大規模な戦争の場合は別として、一応極地の紛争等に対してはなるだけ自助でいってもらいたい。それは、マンパワーとかあるいはそれぞれの国の事情に応じてというような段階に入っているわけである。ベトナム自体は、すでに相当な撤兵をしており韓国もやっている。防衛局長から要点だけ補足させる。

(防衛庁久保防衛局長)
ニクソン・ドクトリンは、1969年7月であり,それ以降南ベトナムにおいて、69年6月ごろで最高54万人おったが、逐次第何次かの削減計画が行われ、70年末で36万人、71年度末で18万人になるであろうと見込まれている。

タイ国が、やはり69年9月で約4万9千、二回ばかりの撤退計画の結果、本年中ごろで3万2千人になるであろう。フィリピンが70年で2万4千人、今年の中ごろで1万8千人、韓国が70年で約6万人が、削減計画の結果71年中ごろで4万3千人、沖縄は70年末で5万3千人であったが、今年の中ごろで4万8千人、日本は70年9月で3万9千人が、今年の中ごろで2万7千人ばかり、そういうような撤退状況である。

■米外交委員会の報告の中では、基地縮小の可能性について勧告している。復帰後すみやかに対米協議が行われて、合理的にかつ計画的に縮小を図ることになると私たちは期待しているが、その見通しを伺いたい。

(福田外務大臣)
基地についてアメリカ政府が上院において証言をしておる。この証言の趣旨は、未来永劫に基地を保有するという趣旨ではない。これはだんだん整理さるべきものである。こういうような意味合いである。

また、A、B、Cの表を変更するということは、これは不可能だと思う。しかし、基地として提供されるA表の整理、縮小、これについては今後とも最大限の努力をしてみたいと考えている。

posted by ゆがふ沖縄 at 01:03| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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