2016年10月31日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(50)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(50)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

P3の撤去B
■那覇空港のP3等の残留について、その期間、残る機数、その任務、目的を明らかにせよ。

(外務省吉野アメリカ局長)
P3は復帰と同時に那覇空港から去ることになっておった。しかしながら必要な施設を嘉手納及び普天間にしなければならぬ、ということであったが、その工事が遅れて結局できなかった。

従って米側としては、いまP3を那覇空港から撤去させるために新たにわれわれと協議をしているわけである。その一つの内容は、普天間の滑走路をはじめP3を受け入れるための施設を整えてほしい。それから嘉手納にトランジットとかその他の三、四十機の小型の飛行機が那覇空港におるが、これを嘉手納に移すために、嘉手納のエプロンその他の工事をしてほしい、これらの工事が整えば、P3及びその他の飛行機も那覇空港から出ていく、こういうことになっておる。

そこで、その工事にどれだけ時間がかかるかは、施設庁もなかなか見通しがつきかねておるわけであるが、実際の工事としてはそんなに長くかかるものではないとわれわれは見ておるわけである。

ただ、普天間の飛行場については、すでに宜野湾市当局からP3の反対の声もあがっており、周辺の人たちの納得も得なければいかぬ、こういうふうな問題があるわけである。

P3以外の飛行機としては、第五艦隊混成スコドロン、すなわちVC5と言っておるが、これはいろいろの小さな飛行機からなっている。およそ三十機ぐらい、いるんじゃないかと見ている。

■那覇空港に関する合同委員会の合意書の内容を明らかにせよ。

(外務省吉野アメリカ局長)
合同委員会の文書そのものは発表できないことになっておるが、政府の発表した要約を申すと、第一に今度のP3が暫定的に那覇空港に残るために、那覇海軍航空施設という、特別なこれをカバーするための基地をつくり、ここにP3を納める、そういうことになっておる。

この中には、建物は大体2万2千平方メートル、それから土地が82万平方メートル、そのほかに滑走路と誘導路の部分について一時使用を許す。那覇海軍航空施設については、これはP3が移転するまでということで、いわゆる二4(a)で先方に管理を委ねて提供する。それから滑走路及び誘導路は、これは二4(b)で一時使用を許可する、そういうことになっておる。
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