2016年11月03日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(53)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(53)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

P3の撤去E
■P3が残るということになると、返還協定第三条に関する了解覚書のA表、B 表、C表は変わるのだと考えねばならぬと思うが、その点はどうか。

(福田外務大臣)
了解覚書のA、B、C表は一応の目途を示したものであって法的な意味はない。A、B、C表によって沖縄返還協定の細目は処理されなければならぬという政治的な意味合いを持つものである。

そこで政治的に重大なこのA、B、C三表に従ってただいま米軍基地の処理をしているわけである。

那覇飛行場については一応返還になる。そこで飛行場自体は米軍管理から運輸省管理となり、付属書施設はアメリカの財産からわが国の国有財産になるわけである。

ただP3が、またそれに関連して一部の部隊が残るので、その残るものの使用の限度において再提供するということになるのであって、この再提供の手続を日米合同委員会において決めるということにしているわけであり、A表、B表、C表を変更するわけではない。

■P3の他にUC45、UB45が十数機残留するとのことであるが、なぜこういうものが便乗残留することになるのか。

(外務省吉野アメリカ局長)
これは便乗ではなく、最初から那覇空港にいた海軍機の一部である。これらについてもわが方は撤去を要求し、先方もこれに応諾したわけである。

その際先方は、これらを収容するには嘉手納の飛行場が狭すぎるのでエプロンその他の増設を要求しており、これに基づきわが方は必要な予算を要求したわけである。これらの飛行機については、嘉手納の施設が整い次第移ってもらうということで目下先方と調整している。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:00| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする