2016年11月14日

土人発言の本質(2)

土人発言の本質(2)
「沖縄を甘やかすな」から「土人発言」まで
  
土人発言の本質について『琉球新報』論壇に投稿したら封印された。ブログで書いたら数人からメールが届いた。その中に旧総理府(現内閣府)職員からの意見があった。件(くだん)の職員は米軍政下で沖縄復帰対策を手掛け、引退後の現在も老木に一輪の花が咲くように沖縄への関心を注ぐ。

県内の識者から「新聞人としての姿勢が問われる」という意見もあった。沖縄県民が「土人」と呼ばれたら県民が怒るのは当たり前のことである。

沖縄復帰対策に携わっていたころ、日本官僚から「沖縄を甘やかすな」という言葉に出くわせたことがある。

今回の投稿で「日本政府南連」では琉球住民を「原住民」と呼ぶ発言が飛び出したことも指摘したが担当者が封印してしまったのだ。

日本政府沖縄事務所長・岸昌さんが沖縄に赴任した時の発言がある。
『ここは沖縄か? 違う米国の植民地だ』・・・岸さんが沖縄の現実を嘆いた言葉だ。

岸さんは私の上司であった。本土・沖縄一体化路線を検討していたころ、『沖縄を甘やかすな』という言葉が飛び出したとき、岸さんは本土官僚を喝破した。沖縄タイムス論壇に投稿し「復帰準備の精神」を問うた。

『復帰対策は沖縄の歴史に償うことだよ』『復帰とは本土と沖縄が差別のない一体化である』・・・岸さんの言葉である。差別は残っている。

真実を見た者は伝えるものでなければならない。琉球新報「論壇」に投稿した趣旨は、日本政府内部から「原住民」発言があったことを知らせる必要があったからだ。認識に疑問符が付く新聞人がいることは嘆かわしい。

復帰から45年・・・土人発言で県民の尊厳を傷つける発言が社会に可視化された。11月12日付の朝日新聞は『鶴保沖縄相 担当閣僚の資格を疑う』の社説を掲げた。11月13日付の沖縄タイムスは社説で『鶴保氏放言』を取り上げた。朝日新聞と沖縄タイムスの論調に共感するのは、品格を失った政治家に直言するメッセージ力である。

* * *
朝日新聞社説を掲げる。沖縄県民に読んでほしいと思っているからである。(引用をお許し願いたい)

2012年11月12日付 朝日新聞社説
鶴保沖縄相 担当閣僚の資格を疑う

沖縄を担当する閣僚としての資格があるのか。そんな疑念を抱かざるを得ない発言を鶴保庸介沖縄・北方相が続けている。

沖縄県の米軍北部訓練場の工事現場近くで、大阪府警の機動隊員が、抗議活動をしていた人に「ぼけ、土人が」などと言い放った問題についてだ。

先月の記者会見では「県民感情を損ねているかどうかについて、しっかり虚心坦懐(きょしんたんかい)に、つぶさに見ていかないといけないのではないか」と述べた。

さらに今週の参院内閣委員会では「『土人である』と言うことが差別であると断じることは到底できない」と答弁した。

まったく理解できない。
かつて国会で「土人」が論じられたことがある。アイヌ民族を対象にした「北海道旧土人保護法」が1997年に廃止される前のことだ。

法律の名称そのものが差別ではないか。そう問われた自民党の厚生相は「差別的な響き」だと認め、「現在の社会通念に照らして適当ではない」と明快に答えていた。

今回も大阪府警は「軽率で不適切な発言で警察の信用を失墜させた」として機動隊員を処分した。菅官房長官は「発言は許すまじきこと」と指摘。金田法相も「土人発言」は、「不当な差別的言動」だとの認識を示している。これらを鶴保氏はどう受け止めるのか。

鶴保氏は内閣委で「現在、差別用語とされるようなものでも、過去には流布していたものも歴史的にはたくさんある」とも語った。
これも意味不明だ。
すべての差別用語はかつて多くの人々が口にしていた。そこに相手を侮蔑する意味合いが込められたから、言葉を受けた側が傷つき不快感を示した。その積み重ねで徐々に使われなくなってきたのだ。

鶴保氏は米軍普天間飛行場の辺野古移設計画をめぐる政府と沖縄県の訴訟について「注文はたった一つ、早く片づけてほしいということに尽きる」と語ったり、沖縄出身の自民党衆院議員のパーティーで、選挙結果と政府の沖縄振興策が「リンクしています」と述べたりした。

明治以来、政府は沖縄に差別と苦難の歴史を強い、いま、沖縄の民意に反する辺野古移設に突き進む。政府と県の対立を解きほぐす任に当たるべき閣僚の言動が、両者の溝をいっそう深めている現実は看過できない。

「沖縄相 ならば『土人』と呼べますか」
この今週の「朝日川柳」の一句に鶴保氏はどう答えるのか。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする