2016年12月23日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(23)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(23)
〜政治利用の不条理を突く〜

■政治が介入した振興事業D
◎北部振興事業の本質(下)

(第3段階)
2000年度から12年間にわたって、914億の北部振興事業費が投入されたが、経済活性化、閉塞感緩和、若者に夢を与えるという事業目的は達成されなかった。過疎地域が多く一人当たりの所得も低い。基地とリンクした振興策は機能しなかったのである。

国は新たな北部振興事業として、県土の均衡ある発展を図る観点から北部地域における連携と自立的発展の条件整備として2012年度から2021年度の「沖縄21世紀ビジョン基本計圃(5次振計)」の最終年度まで予算額を減額し北部振興事業を再延長した。

普天問飛行場の辺野古移設を条件に「補償型政治」として予算化し、「アメとムチ」の振興策として基地マネーが投入されたが、雇用機会の創出、経済の自立、人づくりを目指した事業目的は達成されず再度廷長された。

十分な検討もないまま巨額の基地資金が投入され「箱モノ」がつくられてきたが、ランニングコストで財政圧迫に陥っている自治体も少なくない。

基地が集中する沖縄に振興資金、補助金、基地対策費などの名目で大盤振る舞いしてきたのが政府の沖縄施策だ。沖縄振興法の立法趣旨は苛烈な戦火、米軍統治下等の特殊事情から国の責任で沖縄振興を実施するものである。普天間問題が政治問題化し、沖縄予算は島田懇談会事業、北部振興策に見られるように基地とリンクするようになった。沖縄振興の原点「償いの心」は風化しつつある。
基地受入れの代償として島田懇談会事業888億円、北部振興事業1、049億円、計1、937億円の基地マネーが投入されたが、北部地域は過疎化が進み、若者の流出が目立つ。

経済は停滞し、雇用の場も確保されていない。若者に仕事はない。自立を支える産業基盤は弱く所得水準は低い。大量の財政資金が投入されたが市町村の財政は悪化している。いま、その戦略は矛盾をはらみ、弊害を生むようになってきた。基地とリンクした振興策のシステム欠陥と見るべきだろう。

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2016年12月22日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(22)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(22)
〜政治利用の不条理を突く〜

■政治が介入した振興事業C
◎北部振興事業の本質(中)

事業主体は、北部12市町村が対象で、主な事業は産業の振興や定住条件の整備など北部地域の発展に資する実効性の高い事業で特別予算として、2000年度に100億円(公共50億円、非公共50億円)が計上され10年間で1、000億円が担保された。

予算措置は内閣府に一括計上し、実施省庁へ移し替えて執行される。公共事業は沖縄振興事業費の高率補助が適用されるが、非公共事業は9/10補助で残1/10は地方交付税で措置される。2010年度以降は普天間移設が遅々と進まず非公共事業、公共事業の予算額は大幅に減額され、非公共の補助率も8/10に見直された。

(第1段階)
事業実績は2000年度から2009年度までに非公共事業491億円(121件)、公共事業298億円(75件)計789億円の基地マネーが北部12市町村に投入された。

なお、2006年年5月30目、「在日米軍の兵力構成見直し等に関する政府の取組について」の閣議決定において、「普天間飛行場の移設に関する政府方針(1999年12月28日閣議決定)」は廃止となった。在日米軍兵力見直しの閣議決定に基づき設置された「普天間飛行場の移設に係る措置に関する協議会(2006年8月29日)」の第1回会合において、「北部振興事業の継続及び確実な実施」が要請されたが、継続して実施する方針が了承された。

北部振興事業は普天間移設とリンクしているため、基地受け入れ要求が強まった。07年度予算は、V字型の代替海上基地建設を認めない沖縄側に防衛省が反発し、10ヵ月も予算が凍結され、新規・継続事業がストップした。年が明けた08年1月22日、会計年度がわずか2ヵ月の期間で予算凍結の解除を行ったが、基地とリンクした「アメとムチ」の懐柔策を使い分ける国の振興事業に対し北部市町村から強い懸念が示されることもあった。

(第2段階)
北部振興事業は、2009年度で終了したが地域は閉塞感から抜けきっていない。北部地域は、県内の他の地域に比べ1人当たりの所得が最も低く、過疎地域が多く存在する地域であり、さらなる振興が必要とされ、事業期間は2010年度から2011年度に限り新規に「沖縄北部活性化特別振興特定事業推進費」が実施されるようになった。2010年度予算は大幅に減額され公共事業35億円、非公共事業費35億円が計上された。公共事業の補助率は振興事業費の補助率が適用されたが、非公共は補助率8/10に減額された。

2010年度から2011年度に役入された予算は、非公共事業69億円(16件)、公共事業55億円(20件)、計125億円であった。

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2016年12月21日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(21)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(21)
〜政治利用の不条理を突く〜

■政治が介入した振興事業B
◎北部振興事業の本質(上)
1999年11月22日、稲嶺恵一沖縄県知事が小渕恵三総理に対して沖縄県として普天間飛行場の移設候補地を「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域としたことを正式表明した。

翌12月27日、岸本建男名護市長は普天間飛行場代替施設の受入れを表明する。これを受けて北部振興事業は、沖縄県及び北部12市町村からの共同要望を踏まえ「普天間飛行場の移設に関する政府方針(1999年12月28目閣議決定)に盛り込まれた。閣議決定の別紙1で「普天問飛行場移設先及び地域の振興に関する政府方針」が述べられている。

北部地域の振興方針は、北部地域の定住人口の増加を目指し、人口の社会的流出に歯止めをかけると説く。産業の振興として、企業誘致の促進と内発的な産業育成で雇用機会の創出で人と産業の定住条件の整備を掲げる。北部地域の西海岸と東海岸の格差及び南北格差を解消し、北部地域全体のポテンシャルが地域そのものの振興に活かされるとともに、沖縄全体の発展に役立てるとする。政策の具体化として、活力ある地域経済を目指す産業の振興、地域と産業を支える基盤の整備などに重点的に取り組むと方針を示す。
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