2016年12月06日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(7)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(7)
〜政治利用の不条理を突く〜

■米国民政府と連絡協議開始
1967年11月、佐藤・ジョンソン会談において、沖縄と本土との一体化政策を進め、沖縄住民の経済的・社会的福祉の増進を図ることが確認された。これを受けて琉球列島高等弁務官に対する助言と勧告を行う機関として、1968年5月1日、那覇に「日米琉諮問委員会」が設置され、日本政府代表(沖縄大使)が設置された。

1969年11月22日、佐藤・ニクソン会談で沖縄の1972年返還が決まると、復帰準備に万全を期し、豊かな沖縄県づくりのために、1970年5月1日「沖縄・北方対策庁」が設置された。

対策庁は、沖縄の復帰に関し、その準備のための諸施策を推進し、沖縄の経済及び社会の開発発展を図り、併せて北方領土問題その他北方地域に関する諸問題解決の促進を図るため、沖縄及び北方地域に係る国の行政事務を総合的に行うことを主たる任務とした。東京に本庁、沖縄現地には沖縄事務局が設置されたが、沖縄事務局には琉球列島米国民政府との連絡及び協議を行う権限が付与された。

対策庁設置法第4条で沖繩事務局長は沖縄・北方対策庁長官(国務大臣)の命を受けるが、米国民政府との協議に関する事務については、外務大臣が局長を指揮監督するとしている。4条の規定は、外務大臣が沖縄事務局長を指揮監督するときは、内閣総理大臣と協議することを義務付け、現地米側との権限は沖縄事務局長に一任している。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:26| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする