2016年12月07日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(8)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(8)
〜政治利用の不条理を突く〜

1969年11月21目、佐藤・ニクソン共同声明により沖縄の祖国復帰が1972年中に実現することに備えて沖縄・北方対策庁が設置されたが、対策庁は本土・沖縄一体化政策として1970年度以降の沖縄財政援助の増額を決定。日本政府の復帰準備体制が整うと行政、経済、社会各般にわたる格差の是正措置、各種制度の整備及び産業経済の振興開発等が強力に推進されるようになった。

対策庁の主な仕事は、沖縄復帰対策要綱の取りまとめ、沖縄振興開発特別措置法、沖縄開発庁設置法、沖縄振興開発金融公庫法の開発3法、沖縄の復帰に伴う特別措置に関する法律等を取りまとめ、沖縄の円滑な本土復帰を実現することであった。

日本政府の沖縄財政援助は1963年度10億1、283万円であったが、沖縄返還が確定した69年度は126億円まで増加する。復帰対策経費は、1970年度177億円、71年度260億円、復帰が実現した72年度(4月1日〜5月14日)427億円まで増額された。

米軍統治下時代の日本政府の財政援助総額は1、232億円であるが、そのうち70%は復帰が確定した70年度以降3年間に集中している。復帰対策経費は沖縄経済の開発と産業基盤の整備、離島振興を図るため復帰記念主要島嶼一周道路整備事業、港湾、道路、空港、漁港整備等の社会資本整備に使われた。

財政援助は立ち遅れた社会保障制度、医療体制の整備充実、文敦施設の拡充強化など本土との格差是正及び制度の整備などにも門戸を広げた。一体化政策が進むと琉球政府の行政運営費の財政措置の充実 市町村交付税の増額をはじめ本土の財政投融資資金を琉球政府及び市町村の公共施設資金として貸し付けるようになった。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:00| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする