2016年12月08日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(9)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(9)
〜政治利用の不条理を突く〜

■復帰対策と自治官僚@
すでにブログで取り上げたが、復帰対策の裏面史を振り返る。
1970年5月1日、沖縄・北方対策庁が発足、初代沖縄事務局長に自治省官僚の岸昌(沖縄勤務後は自治省官房長、大阪府知事を務める)が就任。岸は1968年6月、日本政府沖縄事務所長として沖縄に赴任、本土・沖縄一体化を進めていた。

沖縄の現実に心を痛めた岸は1969年4月、沖縄タイムスに「沖縄復帰の精神」の論文を寄稿する。米軍施政権下の沖縄で本土から赴任した官僚は、沖縄の歴史認識に欠落し、特権意識で勤務していたと指摘、日本官僚を喝破した。岸論文は「沖縄の心」を鋭く問うものだが、その一端を紹介する。

「もう、沖縄へは十数回きている某省のA諜長が私の事務所を訪れた際、次のような質問を発した。復帰準備委員会で話しあったとき、B、C両氏とも、沖縄側からは復帰に際して暫定措置や特例措置の要求がたくさんくるだろうが、甘やかさないで厳しい態度で望むべきだが岸所長はどう思うか」

岸は「人類はじまっていらいの歴史からみれば、5年や10年は瞬問に等しい。あっという間に過ぎ去ってしまう時間といってよい。そういうつかぬ問の「特別措置」を惜しんで、沖縄復帰を琉球処分の再現を思わせる行政は、決して当を得たことではない・・・」「沖縄の心をどれだけ理解することはその人の能力のほか、さらにいうならば、人生観の問題。古い言い方をすれば政治哲学としていわゆる王道をとるか、覇道をとるかの違いだろう」と対応したら「A課長は、わかったのかどうか複雑な表情をした」と述べている。

岸はA課長の質問が象徴的になにかをもっているように思え、心の中を次のように吐露する。
「大学を出て特権意識に擁護されたキャリアの中には、同僚を蹴落としながらひたすら立身出世のエリートコースを走っている。日本の官僚に真の沖縄の心がわかるだろうか。困窮と挫析と不安の中で、沖縄が米軍に治められていること白体大きな不幸というべきだが、特権意識の官僚達が沖縄の復帰問題を取り扱うことは、もっとも大きな不幸なのではなかろうか](岸昌『住民自治の座標』1972年5月)。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:00| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする