2017年01月06日

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」C

新春を仰ぐ「琉球王国の栄華」C
〜首里城で沖縄を考える〜

沖縄には戦国時代があった。太平の世を寿ぐ「渡りぞう」「「瀧落とし」の演奏が生まれた。力強い手踊りが首里城から響いた。時を巡って舞踊に対話を求めた琉球は「内なる心」があった。天来の響きだろうか。過去が語りかける。

琉球舞踊には深い癒しの力が流れている。沖縄の扉の向こうでは米軍基地がある。沖縄人はつまずいても、傷ついても心の重圧から自らを解き放ち、文化を築いてきた。敗戦後の沖縄で庶民の踊り「雑踊り(ぞうおどり)」が生まれた。

多彩な琉球舞踊が首里城にこだまする。「鳩間節(はとまぶし」は心躍る二才芸能だ。「貫花(ぬちばな)」は恋する女性を表現した踊りは庶民の感覚を胸に秘める。沖縄の正月は真の喜びと恵みに出会うことができる。

琉球王国と多彩な琉球の踊りについて述べたが、450年前から沖縄は高度な文化王国だったのだ。沖縄人を土人と呼んだ大阪府警の機動隊員がいた。松井一郎大阪知事がツイッターで「一生懸命、命令に従い職務を遂行していたのがわかりました。出張ご苦労様」と書き込んだ。

松井知事の人権感覚は見るに堪えない低レベルだ。昨年10月21日に松井知事は、「機動隊勤務ご苦労様だというのは当然だ」と持論を再度展開。「出張ご苦労様」と警察官をねぎらう発言内容を撤回しないと述べた。心のボルテージが低い。

このような知事がいることは大阪の恥であり、日本の恥である・・・昨年12月10日、対外問題研究会の忘年会で大阪出身の文化人が発した言葉である。

沖縄県民は内なる真実に向かって、自らをひらめいている。思い出さねばならないことは、目先の現実に飲み込まれている政治家がいることだ。基本的な人間の品格が欠落している。

基地が沖縄を不幸にしてきた。さらに今年は辺野古新基地が本格化する。沖縄県民は生きていくために力を要する。沖縄の真理を求める年にしたい。樹木が光を求めるように沖縄県民は平和を求める。心の重力から解き放される沖縄でありたい。(この項終わり)
posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする