2017年01月19日

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(38)

沖縄復帰特例(酒税)の政治利用(38)
〜政治利用の不条理を突く〜

■沖縄施策の心構えと姿勢

復帰後の国の出先機関を巡っては議論が百出する。沖縄開発庁は北海道開発庁のように公共事業を主に考えたものではなく、県民の生活全般にわたるものの底上げ、各省庁との総合調整及び一元的に国家機関を統合した形を考えていたと、沖縄北方対策庁調整部長・田辺博通は当時のいきさつを証言する。

沖縄側の要望も変質し揺れ動く。例えば、国税局にしろ、通産局にしろ、財務局にしろ、運輸局にしろ、ブロック機関を沖縄に出してほしいというものであった。

日本政府が考えたのは、九州ブロックの1地方、離島の出先機関になってしまうと、いちいち本省の東京や九州に行って陳情するとか、交渉しなければならず、とても不便であるし、それではなかなか復帰後の沖縄の発展が望めないというものであった。

開発庁と総合事務局について山中の証言がある。「沖縄が反対なら、やるつもりはない。沖縄がやれという要望があれば俺はやる」

「償いの心」「贖罪意識」で設置されたのが沖縄開発庁である。謝罪の気持ちで沖縄振興に向き合う山中の情熱が結実したのである。

1972年3月、山中が全国民に語った言葉を掲げる。

「沖縄と政府の関係を重視したい。沖縄の意思を図って沖縄県民の選択した方向へ未来像を描く。われわれ本土から見てなるほどもっともだという未来像と一致したときに、両者協力していける」

「沖縄県民の人たちは、自分たちが沖縄再建の担い手だという誇りは耐える哲学から生まれたと思う。長い苦難な歴史を歩んできた沖縄の人たちに対する謝罪という気持ちをもって力づけてあげたい」

「国の力でできることは何でも手を貸す、こういう心構えと姿勢が一番肝要である」

菅 義偉官房長官、鶴保庸介沖縄担当大臣には聞いてほしい言葉である。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:02| 日本政府の復帰対策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする