2017年02月03日

■復帰時の沖縄予算裏面史(2)

■復帰時の沖縄予算裏面史(2)

1972年度沖縄予算は、沖縄返還後に日本国としてスタートする最初の予算編成である。沖縄振興にすべての責任を持つ─山中貞則初代沖縄開発庁長官は沖縄への高率補助適用を巡り、当時の大蔵省を喝破した。

山中長官の知恵袋として櫻井溥さんがいた。ブログでも取り上げたが、櫻井溥さんは日本政府の官僚としては異端児・アタッカーの役割を果たしていた。沖縄のためなら堂々と意見を言う官僚である。

櫻井さんは、米軍統治下時代に総理府及び沖縄北方対策庁で日本政府援助金を担当。返還後の沖縄政策に最も沖縄に精通した異色の官僚である。

沖縄総合事務局初代調査企画課長を務め、その後総務部長として再度沖縄に勤務する。酒が入ると、ウチナーグチが出る愉快な方で、その発音は沖縄の人と良く間違えられる。

復帰時に通貨差損補償事務を手掛け、小禄不発弾爆発事故の補償問題を解決した方である。沖縄開発庁企画課長時代に第3次沖縄振興開発計画を手掛け、沖縄を知り尽くした官僚である。私の上司であった。

櫻井溥『あれから』が送られてきた。その中で「祖国から切り離された沖縄」で戦前・戦中の沖縄、軍政下の沖縄、援助予算の拡大等に触れる。自ら体験した沖縄の祖国復帰事務で沖縄一筋に向き合ってきた官僚だ。沖縄現地勤務時には、沖縄振興への情熱、実行力に脱帽した。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする