2017年02月13日

■復帰時の沖縄予算の裏面史(8)

■復帰時の沖縄予算の裏面史(8)

1972年度予算は第1沖縄振興開発計画の初年度である。敗戦後分断された沖縄に対し、日本政府は1963年度に初めて財政援助を開始した。戦後沖縄の復興は米国援助に依存。米国は廃墟と化した沖縄に道路建設、ダム開発、電力供給、民生安定事業等の社会資本を中心に財政を投入した。

沖縄は日米両政府の援助によって支えられていた。米軍統治下の沖縄に米国政府は1649億円の財政資金を投下。日本政府の財政援助額は1232億円だった。(財政援助の割合は米国57.6%、日本政府42.4%)。

米軍政下の沖縄は米軍基地の75%を負担していたが、日本政府の財政援助は国家予算の0.2%だった。27年間の米軍統治下の沖縄は、日本の法律は適用されず、社会資本、生活基盤の整備は遅れ、全国との所得格差を抱えたまま復帰したため、復帰後は全国平均を大幅に上回る高失業を生みだした。

わが国の安全保障に貢献し、日本の経済成長を支えてきたが、国の財政援助は17年間放置され、制度から見放され、多くの格差を生む原因となった。

沖縄・北方対策庁沖縄事務局で復帰対策に携わった時の議論は、社会保障制度、医療体制の整備拡充、文教施設の拡充強化等本土との格差是正、制度の整備についての復帰対策措置の有効性であった。

沖縄経済の開発と産業基盤の整備、離島振興を図るため、復帰記念主要島嶼一周道路整備事業は復帰までに財政が投入された。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする