2017年02月14日

■復帰時の沖縄予算の裏面史(9)

■復帰時の沖縄予算の裏面史(9)

1972年度沖縄振興開発関係費は10.5か月予算である。沖縄開発庁に計上された予算は762億円。そのうち復帰対策諸費は366億円で261億円は通貨切替対策費である。復帰対策として糖業振興臨時助成として10億円が使われた。

特筆されることは、復帰対策諸費として「らい患者特別給与」4,500万円が沖縄開発庁予算に計上されたことである。予算項目に「らい患者」という表記があるが差別用語ではないかと思う。

ハンセン氏病療養所について述べる。米軍政下の沖縄は琉球政府立沖縄愛楽園、宮古南静園は復帰の日から国立療養所となった。ハンセン氏病は国の責任で治療が行われていたが、沖縄は琉球政府が診療所を管理していた。米軍政下にあり本土から分断された沖縄の悲劇があった。1962年度以降は医療援助として学童検診を行っていた。

沖縄返還時(1972年)のハンセン氏病患者は、全国11196人、沖縄1940人で沖縄は全国の17%を占めていた。新患者数は全国117人、沖縄70人で全国の60%。

ここにも医療体制が十分でない分断された沖縄の悲劇があったのだ。混乱した復帰時の1972年度予算で暫定的に沖縄開発庁が予算計上したのである。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:37| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする