2017年04月06日

沖縄予算一括計上の本質㉚

沖縄予算一括計上の本質㉚
〜敗戦後の財政援助から沖縄予算へ

沖縄の経済社会における現状認識と沖縄振興開発審議会の審議方針を踏まえて、沖縄開発庁では振興計画総点検作業と振興開発総合調査の実施という第2次振興計画策定に向けての本格的な作業に着手した。

沖縄総合事務局では、第2次振興計画を策定するに当たり重要となる総合調査を実施した。総合調査とは、振興計画作成の各種基礎資料のことだ。

第2次振興計画策定に向けて専門委員会では、沖縄の経済社会の現状、問題点、将来の方向が議論された。他方では、沖縄振興法の総点検作業と総合調査などの結果を踏まえて沖縄振興開発審議会は、沖縄の豊かな未来を築いていくためには、引き続き沖縄の振興開発を図る必要があると採択し、内閣総理大臣に対し沖縄振興開発計画の必要性について意見具申した。

意見具申を受けて沖縄開発庁は、沖縄振興開発特別措置法の延長と第2次振興計画の検討を行い、各省庁と調整し、1992年3月31日、沖縄振興開発特別措置法の有効期限を10年延長し、1992年8月「第2次沖縄振興開発計画」を策定した。沖振法の特別措置も講じられた。

第2次振興計画延長の背景には、総合調査、第1次振計の総点検などがあった。私の手元に当時の専門委員会の内部資料がある。なぜ第1次振興計画は機能しなかったのか総括したものだ。内容の一部を公表する。

第1次振興計画は、所得格差是正手段として「工業化路線」を採用したが実現しなかった。

本土から大型企業誘致で第2次産業の構成比を県内総生産の30%に設定し、県民1人当たり所得水準を全国水準の80%に近づけることを目標とした振興計画の夢は挫折した。

本島東海岸に臨海工業立地を促進、沖縄臨界コンビナートを形成し、石油精製、アルミ精錬、造船、修理ドックなどの工業誘致を目指したが、その流れは沖縄に定着しなかった。本土の後追い型キャッチフレーズに産業政策の苦悩を反映したのではないかと思われる。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:20| 宮田裕の「沖縄振興論」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする