2017年05月09日

検証・沖縄大使(12)

検証・沖縄大使(12)

(歴代の沖縄大使と沖縄の動向)
■2代大使・野村一成[1] 任命1999年5月11日
在任期間1999年5月11日〜2011年2月23日

野村大使着任後の1999年11月19日、沖縄問題が動いた。「第13回沖縄政策協議会」において稲嶺恵一知事による普天間飛行場の移設候補地問題及び跡地利用の円滑な推進等に係る要望を受けて「政府の取組み方針」を了承。

11月22日、稲嶺知事が小渕総理に対して、沖縄県として普天間飛行場移設候補地を「キャンプ・シュワブ水域内名護市辺野古沿岸域」に決定したことを正式に表明した。

12月17日、「第14回沖縄政策協議会」において北部振興・移設先等振興・・跡地利用の3方針を了解するとともに、代替施設に係る安全・環境対策にについて「使用協定」を含め基本的な考え方が了解される。

12月27日、名護市長・岸本建男は普天間飛行場代替施設の受け入れを表明。翌28日、政府は普天間飛行場代替施設及び地域の振興について「普天間飛行場の移設に係る政府方針」を閣議決定したのである。

閣議決定した普天間飛行場代替施設は、軍民供用空港を念頭に整備を図ることとし、米国とも緊密に協議するとある。軍民共用空港は稲嶺知事のブレーンであった真栄城定守氏の発想だ。

建設地点は、「キャンプ・シュワブ水域名護市辺野古沿岸域」で今後、代替施設の工法及び具体的建設場所の検討を含めて基本計画の策定を行うとある。

基本計画の策定にあたっては、移設先及び周辺地域の住民生活に著しい影響を与えない施設計画となるよう取り組むとしている。

代替施設の工法および具体的建設場所については、地域住民の意向を尊重するとしているが現在まで無視され続けてきた。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:11| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする