2017年06月27日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(23)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(23)

■基地返還と跡地利用[5]

〇那覇港湾施設(全面返還)
那覇港湾施設は、那覇港の一部を成し、那覇空港にも近いことから、産業振興の適地として極めて開発効果の高い地域。ホワイト・ビーチ地区に次ぐ大きな軍港である。

同施設は、1974年1月の第15回日米安全保障協議委員会で、移設条件付きの全部返還が合意されたが、現在でも返還は実現していない。

1996年12月のSACO最終報告では、浦添埠頭地区への移設を条件に施設面積57ヘクタールの全面返還合意。2001年11月、浦添市は受け入れを表明、現在、移設作業が進められている。

2006年5月、「再編の実施のための日米ロードマップ」では、再編事案として全面返還、2013年4月、統合計画では「2028(平成40)年度又はその後」に返還可能になる旨記載。

〇住宅統合:キャンプ瑞慶覧に統合(部分返還)
1996年12月のSACO最終報告は、米軍キャンプ・瑞慶覧内とキャンプ・桑江内の老朽化した住宅を、キャンプ・瑞慶覧内の別地区に建て替えるなどして統合することで合意。

返還面積は、キャンプ・瑞慶覧内で83ヘクタール、キャンプ・桑江で35ヘクタール。米軍住宅の統合に伴う高層住宅二棟(計136戸)の建設工事が北中城村のキャンプ・瑞慶覧内で完成。

2013年4月、統合計画に「2024(平成36)年度又はその後」にキャンプ瑞慶覧は返還可能になる旨記載。

SACOで合意された返還計画は11施設で5002ヘクタール。米軍施設区域・施設の約21%が減少する。

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2017年06月26日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(22)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(22)

■基地返還と跡地利用[4]

〇瀬名波通信施設(大部分返還)
瀬名波通信施設は、現在では小規模となっているが、かつては読谷村の西側海岸一帯を占める広大な米軍基地だった。現在は通信用の鉄塔と建物があるだけで、大部分は黙認耕作地。近くには、残波岬公園やホテル、ゴルフ場などが整備され、跡地の有効利用が行われている。

1996年12月のSACO最終報告により、アンテナ施設等をトリイ通信施設に移設すること等を条件に61ヘクタールの返還が日米間で合意。

2006年9月、マイクロ・ウェーブ塔部分を除く約61ヘクタールの一部返還。翌10月、マイクロ・ウェーブ塔部分をトリイ通信施設に統合(約0.26ヘクタール)。

〇牧港補給地区(部分返還)
牧港補給地区は、浦添市の国道58号から西側の海岸までの南北3km、東西1kmに及ぶ広大な兵站補給基地。同施設は那覇新港や卸売商業団地が所在する西海岸と国道58号に囲まれ、中南部の要路に位置するなど、地元浦添市をはじめ本県の振興開発にとって重要な空間を占めている。

1996年12月のSACO最終報告により、返還に伴い影響を受ける施設を残余の施設内に移設することを条件に約3ヘクタールの返還が日米間で合意。

陸軍倉庫のトリイ通信施設への移設等が返還条件。2006年5月、「再編の実施のための日米ロードマップ」により、再編事案(全面返還)となっている。

2013年4月、統合計画に北川進入路は「2013年度又はその後」、第5ゲート付近の区域は「2014年度又はその後」、残余の部分は「2024年度又はその後」に返還可能となる旨記載されている。

国道58号に隣接する牧港補給地区(キャンプ・キンザー)の土地約3ヘクタールの返還を2017年度中に実現するために、速やかな必要な作業を開始することで一致した旨記載。

2013年8月、北川進入路約1ヘクタールが一部返還された。

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2017年06月23日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(21)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(21)

■基地返還と跡地利用[3]
〇楚辺通信所(全面返還)
通称「象の檻(オリ)」と呼ばれていた。直径約200m、高さ28mの巨大な檻のようなケージ型アンテナを持ち、軍事通信の傍受施設。同施設は、1996年12月のSACO最終報告により、アンテナ施設等をキャンプ・ハンセンに移設することを条件に53ヘクタールの全面返還が合意された。

2006年6月、一部返還(役236u)、同年12月、残余部分53ヘクタールが返還された。

〇読谷補助飛行場(全面返還)
SACO最終報告により、パラシュート降下訓練が伊江島補助飛行場に移転され、また、楚辺通信所が移設された後に返還することで合意。

2006年7月、約138ヘクタールが一部返還。同年12月、残余部分約53ヘクタールが返還された。

日米地位協定第2条4項(a)による共同使用により、野球場等の運動公園や村役場庁舎等が建設されている。

〇キャンプ・桑江(大部分返還)
施設面積107ヘクタールのうち返還面積99ヘクタールがSACO最終報告で合意。返還条件は海軍病院等のキャンプ・瑞慶覧等への移設。

2003年3月、約38ヘクタールが一部返還された。2005年12月、一部土地約0.78ヘクタールを陸軍貯油施設に統合。2013年3月、海軍病院本体の移設工事が完了。

2006年5月、「再編の実施のためのロードマップ」により再編事案として全面返還、2013年4月、統合計画に「2025(平成37)年度又はその後」に返還可能になる旨記載されている。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:34| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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