2017年06月05日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(7)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(7)

復帰後、ダムの整備、開発に投じた国費は2014年度までに4700億円。国は1973年度から1991年度までに沖縄北部河川総合開発を実施。事業費1023億円で新川ダム、安波ダム、普久川ダム、辺野喜ダム、福地ダム再開発が行われた。

福地ダムは米軍が開発したが、復帰時に国が管理するようになり、1972年から74年までに54億円かけて整備。その後、河川総合開発でかさ上げ、すなわち再開発された。

沖縄の深刻な水問題を解決するため、1990年度から2010年度までに965億円の事業費で大保ダムを開発。羽地ダムは1981年度から2004年度までに700億円の事業費で開発。

沖縄東部河川総合開発も実施。1982年度から2013年度までに総事業費850億円で漢那ダム、金武ダムを開発。

県管理ダムとしては、1991年度から2006年度までに事業費97億円で我喜屋ダムが整備。1986年度から1991年度までに事業費30億円で座間味ダムを整備。1982年度から1995年度までに495億円の事業費で倉敷ダムが整備、開発された。

1989年度から2000年度までに305億円で金城ダムも整備された。

石垣島の真栄里ダムは1975年度から1982年度までに46億円を投じて整備。2004年度から2014年度までに111億円をかけて久米島の儀間ダムが開発された。

復帰後の沖縄は給水制限に悩まされていた。1981年は隔日給水221日、夜間断水38日で291日は給水制限が実施されていた。1次振興計画の最終年である1981年は年間の80%は給水制限していたのである。1次振計後期の1977年は隔日給水137日、夜間断水32日で169日は給水制限が行われた。

2次振興計画以降、国は産業・生活基盤の強化のために国直轄事業でダムの整備、開発を積極的に実施。現在、隔日給水は解消されている。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:33| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする