2017年07月13日

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(33)

半世紀後の沖縄振興計画はあり得るのか(33)

■終わらぬ戦後処理(5)
〜未処理埋没不発弾2033トンにあと70年〜

不発弾の特定処理事業としては、@発見された不発弾等を処理する際に、安全確保のために土のう・保護壁等を設置する事業、A不発弾等の現地処理に伴う非難に要する経費のうち特定のもの(健康及び介護等の理由から非難が困難な者等の避難に要する経費等)を対象とする事業、B不発弾の現地処理に伴う非難の支援に要した県・市町村職員に人件費を助成する事業─も実施している。

磁気探査支援事業としては、国において磁気探査機を購入の上、国が実施する磁気探査研修を修了した民間事業者等が自ら不発弾の磁気探査を行う際に機器を無償貸与している。熟練技能者を現地に講師として派遣し、民間事業者等による磁気探査を支援する事業も行っている。

内閣府の沖縄予算によると、2017年度の沖縄不発弾対策事業費は28億4200万円(うち交付金28億円)。

1972年度から2015年度までの不発弾処理件数は35646件。1742トンの不発弾が処理された。過去5年間の実績は処理件数3577件、102トンが処理された。

祖国に復帰した沖縄の現状だ。2033トンが未処理だという。沖縄の戦後処理は終わっていない。

不発弾等とは、不発弾と爆弾、砲弾(艦砲弾、各種火薬弾及び迫撃砲弾)、ロケット弾、地雷、機雷、手りゅう弾、小火器弾、ガス弾、その他の未使用の爆発物をいう。

住民避難の例を掲げる。2010年10月、那覇市の住宅密集地で不発弾の爆破処理が行われたが、2850人が避難。

2011年9月、南風原町病院敷地内で院内退避に伴う安全化処理の際は院内避難者290人。

2012年4月、那覇市首里で不発弾の安全処理で2350人が避難、ホテル休業。

2012年6月那覇市小禄で不発弾の安全処理化で350人避難、ゆいレールが運休。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:10| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする