2011年12月03日

日本政府の沖縄差別C

■日本政府の沖縄差別
 宮田リポートC

◎本土官僚「沖縄を甘やかすな」発言に
 日本政府沖縄事務所長「沖縄の心を説く」


 197051日、沖縄・北方対策庁が発足、初代沖縄事務局長に自治省官僚の岸昌さん(沖縄勤務後は自治省官房長、大阪府知事を務める)が就任。岸さんは1968年年6月、日本政府沖縄事務所長として沖縄に赴任、復帰対策の指揮を執った。沖縄の現実に心を痛めた岸さんは19694月、沖縄タイムス論壇に『沖縄復帰の精神』を寄稿する。

 米軍施政権下の沖縄で本土から赴任した官僚は、沖縄の歴史認識に欠落し、特権意識で沖縄を見ていたからだ。岸論文は日本官僚の沖縄政策について「沖縄の心」を鋭く指摘した。

 その一端に次の会話がある。

「もう、沖縄へは十数回きている某省のA課長が私の事務所を訪れた際、次のような質問を発した。復帰準備委員会で話しあったとき、BC両氏とも、沖縄側からは復帰に際して暫定措置や特例措置の要求がたくさんくるだろうが、甘やかさないで厳しい態度で望むべきだが岸所長はどう思うか」。

 岸さんは次のように反論した。「人類はじまっていらいの歴史からみれば、5年や10年は瞬間に等しい。あっという間に過ぎ去ってしまう時間といってよい。そういうつかぬ間の「特別措置」を惜しんで、沖縄復帰を再び”琉球処分”の再現を思わせる行政は、決して当を得たことではない・・・。沖縄の心をどれだけ理解することはその人の能力のほか、さらにいうならば、人生観の問題。古い言い方をすれば政治哲学としていわゆる王道をとるか覇道とるかの違いだろう」と答えたら「A課長は、わかったのかどうか複雑な表情をした」。二人の会話はこれで終わった。岸さんはA課長の質問が象徴的になにかをもっているように思え、心の中を次のような自問自答する。

 「大学を出て特権意識に擁護されたキャリアの中には、同僚を蹴落としながらひたすら立身出世のエリートコースを走っている。日本の官僚に真の沖縄の心がわかるだろうか。困窮と挫折と不安の中で、沖縄が米軍に治められていること自体大きな不幸というべきだが、特権意識の官僚達が沖縄の復帰問題を取り扱うことは、もっと大きな不幸なのではなかろうか」

 外交官特権を振舞った官僚に、岸さんは次のように指摘する。
「日本の官僚に『沖縄の心』がわかるのだろうか。沖縄を占領している米軍の感覚より自由気ままである。沖縄の苦難の歴史を知り、住民の気持ちを理解するのは所詮無理なことではないだろうか」

 岸さんの論壇は、沖縄の復帰準備を行う本土官僚に猛省を促し、復帰準備の精神を鋭く問うその姿勢は、本土官僚に「沖縄の心とは何か」について大きな示唆を与えた。

 オリオンビール(株)の創設者・具志堅宗精社長は、岸論文に同感の意を表され、「沖縄復帰の精神」が掲載された沖縄タイムスを日本政府の要路へ向けて多数送付。

 県内経済界は、岸さんの「沖縄復帰の精神」に影響を受け、復帰特別措置の要請を展開する。復帰ショック緩和策として特別措置を求める沖縄の声は日増しに高まる。

 岸さんの論壇を読んだ山中貞則・総理府総務長官は官僚を喝破し、「償いの心」「国の責任論」で沖縄の復帰対策に取り組むよう指示する。山中の政治力学によって1970年3月31日、「沖縄復帰の基本方針」が閣議決定される。


posted by ゆがふ沖縄 at 11:27| Comment(0) | 日本政府の沖縄差別 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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