2012年02月11日

宮田裕の「アジアリポート」(1)

宮田裕の「アジアリポート」(1)


 タイ、マレーシア、シンガポールを訪れるのは3度目であった。タイは日本企業の自由で活発な活動がタイの経済発展をリードしていた。マレーシア、シンガポールでは、IT(情報技術)革命で時代を先取りするマルチメディア・スーパー・コリドーおよびシンガポール・ワンの国家戦略計画が、政治的勇気と経済的手腕で進められていた。

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 2000年2月、私は公用パスポートを持参し、タイの首都「バンコク」へ向かった。寒風の吹き荒れる成田を飛び立った飛行機はシンガポールまで南下し、トランジット後再びタイへ北上した。ジェトロの経済ミッションと重なりバンコク行きの直行便がとれず、9時間の長旅だった。ラオスとタイの国境をなしているメコン川を越えてタイ領に入り、バンコクのドン・ムアン国際空港に着いたのは、夜の9時を過ぎていた。温度は31度、沖縄の真夏の感じだ。冬の日本からバンコクに降り立つと、足もとからムッと熱気が入ってきて、熱帯の地に着いたことを実感する。タイの気候は熱帯モンスーン気候であり、雨期と乾季に大別できるが、年平均気温29.6度、平均湿度75%と高温多湿である。市内までの距離は27キロで所用時間は40分であるが、1時間以上を経過することも頻繁にあるという。高速道路から見る街の風景は ビルラッシュで経済危機克服の軌道に入ったと思えた。


  翌日、在タイ日本国大使館を訪れ、木寺昌人公使からタイ経済の現状について説明を受けた。木寺公使は梶山官房長官の秘書官を務められ、北部振興策で数回沖縄を訪れたとのことで沖縄の事情に詳しかった。タイでウチナーンチューに会った雰囲気だった。

タイと日本・沖縄の関係
 日本民族学の父と呼ばれた柳田国男は、伊良湖岬に流れついた椰子の実を見て、遙かなる南国と日本との深い関係に気づいたと述懐する。日本文化は疑いもなく「黒潮文化」をその重要な構成要素としており、その意味では、東南アジアは日本文化の原点であると本で読んだ記憶がある。

 タイと日本との関係は、戦時中、日本軍は特別円として20億バーツの借款をしており、第二次大戦後荒廃した日本を飢餓から救ってくれたのがタイ米であった。


 沖縄との関係では、南方貿易が盛んな15世紀の初め頃(1404年)、シャム船が初めて交易の目的で琉球に来ており、ラオロンという酒もその頃から入ってきたものと推察されている。泡盛のルーツは、シャム(タイ)であり、泡盛の原料はタイの砕米でタイと沖縄は古くから深い関わりがある。

 日本国大使館で木寺公使からタイ経済の現状を聴いた。それによると、タイの国内総生産(GDP)は1997年で約1530億ドルと日本の27分の1の規模で、これを国民1人あたりで見ると2525ドルと日本の約13分の1の水準という。アセアン諸国の中では、GDPはインドネシアに次ぐ規模であり、1人あたりGDPはシンガポール、ブルネイ、マレーシアに続いている。経済指標でみると96年までの高成長の後、経済危機に面して97、98年とマイナス成長が続いている。

 産業構造は伝統的に農業中心であったが、80年代以降急速に工業化が進んでいる。80年と比較して見ると、GDPに占める農業のウェイトは21.%%から11%(96年)へ低下しているのに対し、製造業のウェイトは21.%から28.%へと拡大している。特に85年以降の円高によって輸出が大幅に伸び、工業化に一層のはずみがついている。就業構造の面においては、就業人口の約半数が依然農業に従事しており、農業の占める役割は重要である。

  タイ経済は農業と工業に支えられている。農業は農産物に付加価値をつけ、パインは缶詰製造業、キビは砂糖製造業として輸出産業に貢献しているほか、熱帯の特性を活かした果樹、ラン等の生産が盛んで沖縄農業との共通性がみられる。

 沖縄21世紀プランでは、「沖縄農業は、我が国唯一の亜熱帯地域という本土との気候風土の違いを活かして熱帯果樹や花卉、冬春期野菜、肉用牛等生産が増加している一方、サトウキビやパインは生産者の高齢化による影響などで生産量が減少傾向にある」と分析している。 木寺公使は、タイの農業と沖縄農業との共通性にふれていたが、タイの農業が成功しているのは、国民ニーズに支えられた農業の市場経済化の重要性が局地経済圏としてタイの雇用安定をはかっているという説明であったが、大変興味深く説得力に富んでいた。

  沖縄はタイから米を輸入して泡盛をつくっている。沖縄の泡盛製造業の技術、製造拠点をタイに移して泡盛を製造すると価格競争力がつき、外国市場へ国際展開できるのではないか、という提言がなされたが、泡盛は沖縄の地場産業として期待されており、グローバルな視点から経営戦略を練る発想に、21世紀の沖縄経済発展のヒントがあると思った。



posted by ゆがふ沖縄 at 00:08| 宮田裕のアジアリポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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