2012年02月13日

宮田裕の「アジアリポート」(3)

宮田裕の「アジアリポート」(3)


 ジェトロ・バンコクセンターの中川貿易振興部長の話では、近年、頻繁な要人往来をはじめとする人的交流の拡大、円高などを背景とした日本の対タイ投資拡大などの経済関係強化等、両国関係はますます緊密度を増しているという。タイに対する経済協力は、タイの経済発展を背景に無償資金協力は原則終了したものの、技術協力及び円借款を中心に引き続き我が国援助の最重点国の一つとなっているようだ。
   


 対日感情は良好であり、977月に始まった経済危機においても日本は官民あげてタイを支援しており、タイ国民は高く評価しているという。しかし、我が国のタイに対する巨大な経済プレゼンス、タイ人の誇りに日本国内に存在する約37千人もの不法就労者の問題等が重なり合って、複雑な側面があることも指摘された。

■ 日本とタイの経済交流

タイ王国.gif
 タイの貿易に占める対日貿易の割合は、輸出で16.8%、輸入で28.3%を占め、また、日本からの直接投資は、BO1の承認ベースで、外国投資額の約45%(96年)である。我が国対タイの二国間 政府援助(ODA)は、同国の受け取るDAC諸国からの援助の約7から8割となっている。


 タイ側の関心事項は、投資誘致の他、貿易、地域協力等である。特に、最近タイの貿易赤字拡大のなかで対日貿易赤字が大きいことから、日タイ貿易不均衡問題に対するタイ側の不満が高まる懸念があるようだ。また、今回の経済危機に際し、日本は官民とも積極的な支援を行っており、タイ側の高い評価を得ているとの説明だった。タイ政府としては資金調達に手詰まり感があるなかで、政府が経済回復のための施策を実行するためには新宮沢構想をはじめとする日本からの支援に対する期待感が大きいという説明であった。

 タイからみて日本は輸入元として第1位であり、輸出先としては米国に次いで第2位である。他方、日本からみて対タイ輸出入は、輸出の2.4%、輸入の2.9%程度である(1998年)。

 全体的には、恒常的に日本の出超である。80年代後半以降、タイの経済成長及び日本からの直接投資の急増に伴い資本財・中間財等の輸入が増加し、貿易不均衡は拡大基調にあったが、タイの経済停滞に伴って1996年以降日本からの輸入が減少に転じたため、1998年の対日貿易赤字は80年代末の水準まで縮小した。構造的には、日本からは機械・機器、金属及び同製品、化学製品等を輸出、また、タイからの輸入品は、伝統的に食料品(冷凍エビ、鶏肉、砂糖等)、原料品等であったが、最近では機械・機器の増加が目立っている。

 日本からタイへの投資は、世界全体への投資の3.5%、アジアの中では、インドネシア、中国に次ぎ第3位となっている(1997年度)。これを、タイ側からみると、タイ中央銀行発表の直接投資純流入額(BOI)への申請ベースでは、第1位が日本(36%)、以下米国(22%)、香港(13%)、シンガポール(8%)となっている。


 19859月以降の円高に対応し、日本企業が生産拠点を海外に求める動きが86年以降本格化したが、タイの投資環境が優れていることもあって、日本の対タイ投資は著しい伸びを示した。特に80年代後半は輸出志向型製造業の投資が、90年代前半は部品を提供するサポーティング・インダストリの投資が増加した。1997年の経済危機発生以降、タイ投資委員会(BOI)への新規投資承認申請額は減少しているが、現地合併事業支援のための増資は増加しており、直接投資純流入額は金額シェアともに大きく伸びている。

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◎タイ王国

1.面積:514,000平方キロメートル(日本の約1.4倍)

2.人口:6,550万人(20109月)

3.首都:バンコク

4.民族:大多数がタイ族。その他、華僑、マレー族、山岳少数民族等。

5.言語:タイ語

6.宗教:仏教 94%、イスラム教 5

7.略史

 タイ王国の基礎は13世紀のスコータイ王朝より築かれ、その後アユタヤ王朝(1418世紀)、トンブリー王朝(17671782)を経て、現在のチャックリー王朝(1782〜)に至る。1932年立憲革命。


◎政治体制・内政
1.政体:立憲君主制
2.元首:プミポン・アドゥンヤデート国王(ラーマ9世王)(19466月即位)
3.議会
 下院 500名(小選挙区 375名、比例区 125名)
 上院 150名(公選 77名、任命 73名)
4.政府
 首相名 インラック・シナワット   



posted by ゆがふ沖縄 at 00:06| 宮田裕のアジアリポート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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