2012年04月09日

第1部 沖縄返還協定の内容と意義(1)

◎沖縄復帰40年特集

1部 沖縄返還協定の内容と意義(1)

(1971年9月・外務省北米1課資料から抜粋)


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沖縄県民を含む日本全国民待望の沖縄返還協定は、1971年6月17日、東京(総理大臣官邸)とワシントン(国務省)の双方において、愛知外務大臣とロジャーズ国務長官との間で同時署名が行われた。史上最初のこのような形式の調印式は、宇宙時代にふさわしく、通信衛星により宇宙中継され、3億人の日米両国民向けにテレビを通じ中継された。


 以下、沖縄返還協定調印後、外務省北米1課がまとめた「沖縄返還協定の内容と意義」について掲載する。


沖縄返還協定締結交渉の推移

 沖縄返還問題は、平和条約発効後の我が国の最大の問題の一つであり、今回の協定締結に至るまでには、歴代内閣をはじめ、当局者の並々ならぬ努力が払われた事実を看過することはできない。

昭和27428日発効した対日平和条約は、終戦後のわが国の領土関係を規定しているが、その際、沖縄については同条約第3条により潜在主権は我が国が保持したまま、施政権は米国に委ねられることとなった。

対日平和条約締結交渉の過程において、我が国が、沖縄が我が国の統治下にあるべきことを強く訴えたことは言うまでもないが、当時連合国の間では、沖縄の取り扱いについて種々意見が分かれ、結局、米国が連合国の意見を調整して、前述のような妥協策を考えたといわれている。
第1回佐藤・ジョンショん会談.JPG


 我が国の領土の一部及びそこに住む百万人の日本国民が、外国の支配下に置かれることは、敗戦による不幸な結果とはいえ、長期間そのまま放置すべき状態ではないことは当然である。平和条約発効、すなわち、我が国が国際社会に復帰して以来、沖縄返還問題は最大の国内政治問題であり、同時に最も重要な対米外交案件であった。

平和条約発効後、196911月の佐藤・ニクソン共同声明発出に至るまでの、沖縄返還問題の主要交渉経緯を列挙すれば次のとおりである。


1 岸・アイゼンハワー会談(1957年6月)

 岸総理よりアイゼンハワー大統領に対し、沖縄に対する施政権の日本への返還について日本国民の強い希望を強調した。

2 池田・ケネディ会談(1961年6月)
 池田総理とケネディ大統領は、日本が潜在主権を保有する琉球列島に関連する諸事項に関し、意見を交換した。

3 第1回佐藤・ジョンソン会談(1965年1月)
 佐藤総理よりジョンソン大統領に対し、琉球諸島の施政権ができるだけ早い機会に日本へ返還されるようにと願望を表明した。

◎写真:第1回 佐藤・ジョンション会談




posted by ゆがふ沖縄 at 00:02| 沖縄復帰40年特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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