2012年04月09日

◎沖縄復帰40年特集

◎沖縄復帰40年特集

1部 沖縄返還協定の内容と意義(2)

(1971年9月・外務省北米1課資料から抜粋)


4 第2回佐藤・ジョンソン会談(1967年11月)

 佐藤総理よりジョンソン大統領に対し、日米両国政府がここ両3年内に、双方の満足しうる沖縄返還の時期について合意すべきであることを強調した。佐藤総理とジョンソン大統領は、日米両国政府が沖縄の施政権を日本に返還するとの方針の下に、沖縄の地位について共同かつ継続的に検討を行うことに合意した。

5 第1回愛知・ロジャーズ会談(1969年6月)


 愛知外務大臣よりロジャーズ国務長官等米国首脳に対し、@1972年中の返還、A日米安保条約及び関連取り決めをそのまま沖縄にも適用されるべきであり、また返還後の沖縄が本土と差別される結果になってはならない、B核兵器についての我が国の国民の特殊な感情への配慮という日本政府の基本的立場を伝えた。

6 第2回愛知・ロジャーズ会談(1969年7月)


 愛知外務大臣とロジャーズ国務長官は、沖縄返還問題について話し合い、同年9月中旬に再び会談を行うこと、およびそれまで双方の考えを煮つめるべく努力することで合意した。

7 第3回愛知・ロジャーズ会談(1969年9月)


 
愛知外務大臣はロジャーズ国務長官と話し合い、佐藤総理・ニクソン大統領会談を同年11月19日から21日までホワイト・ハウスで行うことを決定し、佐藤総理・ニクソンで施政権返還の時期、基地の態様など施政権反感の大綱について合意に到達することを可能ならしめるための軌道を敷いた。


 以上は政府首脳による会談を列挙したものであるが、その間、日米両政府の接触は、あらゆるレベルで行われ、日本側は沖縄施政権の我が国への返還につき米国政府の好意的配慮を終始要望するとともに、沖縄返還問題についての事務的な意見交換、討議を地道に続けてきたことは言うまでもない。

 沖縄返還につき日米間の基本的合意が成立したのは、1969年11月の佐藤・ニクソン大統領との会談であった。同会談が終了した11月21日に発表された日米共同声明は、両首脳が、@1972年中に沖縄の施政権を我が国に返還し、A返還に当たっては日地米安保条約及び関連取り決めをそのまま沖縄に適用するとともに、B大統領は、核兵器に対する我が国の国民感情に深い理解を示し、核に対する日本政府の政策に背馳しないよう沖縄返還を実現することを確約したことを明らかにした。沖縄返還協定調印式.jpg


 このように沖縄が「1972年中、核抜き、本土並み」で返還されることについては、前述の共同声明で基本的な合意を見ているところであるが、今回の沖縄返還協定─正確には「琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定」─は、この共同声明の基礎の上に行われる沖縄の返還を具体的に取り決めたものである。
写真:沖縄返還協定調印式(総理官邸)







posted by ゆがふ沖縄 at 23:57| 沖縄復帰40年特集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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