2012年05月27日

復帰40年・沖縄総合事務局は機能したか(10)

■復帰40年・沖縄総合事務局は機能したか(10)


(役割終えた沖縄総合事務局)

1972年5月、沖縄復帰時に沖縄総合事務局は@本土の制度の不慣れ(27年間の米軍支配)、A復帰に対する事務の混乱、B沖縄の特殊事情に対する行政事務の期待感であった。このような事務とは、復帰特別措置、通貨切り替え対策、交通方法変更対策、対米請求権関係、対馬丸遭難者特別対策、首里城復元整備などであった。復帰時に想定されていた業務は殆ど完了した。


(沖縄振興の問題点)

復帰後の沖縄振興については、@沖縄振興法、A振興計画、B高率補助、C予算の一括計上─の4点セットで9兆2千億円の振興事業費(9割は公共事業費)が投入された。集中的な財政投資によって社会インフラ、生活インフラが整備され、ほとんど本土並みの水準に達している。しかし、沖縄に投入された振興予算は本土ゼネコン優先発注を貫き、県内で資金循環しない構造的矛盾が吹き出し、経済自立に結び付かなかった。

すでに指摘してきたが、大田県政で政府と対峙していた1998年ごろは振興事業費(9割は公共事業)は4430億円あったが、2011年になると半分以下になった。その結果、公共事業型の沖縄経済で建設業の倒産が相次ぎ、しわ寄せが経済全体に響いている。さらに総合事務局の直轄事業費は03年度から10年度の8年間で約1900億円が本土ゼネコンを中心とした県外業者に還流している。


(財政投資の問題点)

 9兆円を超える財政投資(振興事業経費)は機能したのか? 第1次産業に1兆5千億円を投じたが、農家数などは大幅に減っている。費用対効果の面から、成功したとは言えず、資金循環がなされていない。雇用でも戦略産業として位置付けられている情報通信産業の約4割は非正規雇用で、格差社会が進み、構造的に不安定な状況だ。沖縄振興策の制度設計には不備があり、県民生活密着型ではなかった。


(一括交付金の課題)

 一括交付金(1575億円)のうち、712億円は日本再生重点化枠で予算措置された。重点化枠は戦略的な予算で、フロンティアや新成長戦略、宇宙開発など全国的なものに使われるため、来年度以降担保される保証はない。交付率は概算決定段階で8/10と決定していたが、交付要綱では8/10以内と規定された。通常、補助率や交付率に「以内」という言葉はない。政治がらみで決着した予算のため、普天間問題とリンクさせられる可能性もある。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:04| 検証「沖縄総合事務局」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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