2012年09月03日

琉球政府の復帰施策(22)

琉球政府の復帰施策(22)


■幻の「屋良建議書」(15)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


(五)厚生・労働問題について

1 社会保障
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg

 沖縄における社会保障は、すべてが「無」からの出発でありました。米軍は占領政策として「島ぐるみ救済」活動を平和宣撫工作の一環として展開してきたのであります。そして社会経済がようやく安定するにつれて、劣悪ながらも経済的貧困層いわゆる社会的沈澱層といわれる人々に対する現物、現金の支給を制度化する「救済制度」を制度化してきたのが、沖縄における社会保障制度の始まりであります。


 このように沖縄における社会保障の成立過程は、本土の社会保障が憲法の保障する生存権理念の発露として展開されてきた過程と比べて、まったくその質を異にするものであります。



 つまり、沖縄県民は、これまで憲法の保障する生存権理念の外に置かれ、一方米軍の植民地機能維持のための恩恵的な住民感情を緩和するための一定の枠の中で、生活を余儀なくされてきたのがこれまでの実態であります。
第1回佐藤・ジョンショん会談.JPG

 このように戦後沖縄の社会保障は、日米両政府の谷間にあって、近代国家の社会保障制度から大きく立ち遅れてきたのであるが、1961年の池田・ケネディ声明以降、ようやく沖縄が日本の一部であることが確認され、さらに、1967年の佐藤・ジョンソン会談において復帰への道程として、本土との「格差是正」が取り上げられ、社会保障に対する財政援助と制度の整備がなされるようになったのであります。

 ところが、沖縄の社会保障は医療保険に見られるように、沖縄の医療を保障する制度としては全く不十分で、県民の意に合致しないものであり、年金制度にしても本土政府の強力な指導によって、一応制度体系は本土並みに整備されていますが、その水準ははるかに低く、社会保障制度としての機能を十分果たしておりません。
 そこで、私たち沖縄県民は復帰によってこれまでのゆがみや空白が一挙に解決されるものだと期待していたのでありますが、今国会に提案されている特別措置法案を見たとき、それが県民の期待に十分応えていないことに失望するものであります。すなわち、制度の一体化は措置されていますが、その制度を支える所得向上や医療供給体制の整備、福祉施設の拡充などの措置が明らかにされていないことなどであります。

 「平和で豊かな沖縄県づくり」のためには制度の本土並みだけでなく、26年間の空白と県民の長い苦渋な生活に報いるに値する莫大な社会福祉施設整備の投資を優先することが何よりも大切であると考えます。

写真
第2回佐藤・ジョンソン会談
(1967年11月)

☞佐藤総理よりジョンソン大統領に対し、日米両国政府がここ両3年内に、双方の満足しうる沖縄返還の時期について合意すべきであることを強調した。佐藤総理とジョンソン大統領は、日米両国政府が沖縄の施政権を日本に返還するとの方針の下に、沖縄の地位について共同かつ継続的に検討を行うことに合意した。



posted by ゆがふ沖縄 at 00:13| 琉球政府の復帰施策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。