2012年09月04日

琉球政府の復帰施策(23)

琉球政府の復帰施策(23)

■幻の「屋良建議書」(16)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


2 年金制度

 沖縄の年金制度は厚生年金、国民年金とも沖縄の本土復帰の目途がようやくついた1968年に立法化され、1970年から保険料の徴収事務が開始されました。制度の内容も復帰の際スムーズに本土制度に移行できるように、厚生省の指導を受け、制度の体系、給付水準をほぼ本土並みにしてきました。しかし、厚生年金については、制度の遅れに伴う高齢者に対する4年から14年期間短縮の措置が講じられておりますが、本土並みの受給要件を満たさないため、同年齢、同年金額の給付措置が必要であります。
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg


 国民年金についても9年の遅れがあるため沖縄法においては保険料納付の免除期間が措置され、さらに期間短縮についても1年から24年の特別措置がなされております。しかし、過去納付金の免除期間があるため、本土の同年齢者との間に支払額に相当の差異があり、これらの者が追納して同額給付が得られるような措置をとる必要があります。

 厚生年金の保険料についても本土料率をそのまま適用すると沖縄においては莫大な負担増となりますので、その面の特別措置が必要であります。さらに船員の場合、船員保険法が適用するため(沖縄の場合、現在各種保険の適用を受けていて)各種保険がまとめられ現行の保険料よりも高くなります。このことは、勤労者の負担増だけでなく、労使折半の建前上、沖縄の中小船舶経営者に及ぼす影響を考えると大きな問題であります。


 次に年金の各種保険の余裕金及び積立金は現在、琉球政府の資金運用部資金に預託され公共事業、特別会計などに貸し付けられ、その額は全資金量の70.6%(71年3月現在)を占める沖縄の公共投資に大きな役割を果たしております。これらの積立金はそれぞれの制度に引き継がれることになります。

 その他、年金制度の遅れに伴う過去機関の追加費用の政府負担についても、国の責任においてもれなく保障すべきであると思います。

3 社会保障

 戦後の沖縄における社会福祉は、米軍による生活必需物資無償配給制度による救済事業から出発し、1953年に生活保護法が本土法の理念と形式を踏襲して制度化され、これが沖縄における社会保障の中軸をなしてきたのであります。

 琉球政府.jpg

 ところで、関連社会保障制度の皆無(とりわけ医療保険制度の欠陥)の中で、その扶助内容と適用基準は厳しく、理念倒れのような制度でありました。しかも、保護開始理由の大部分が疾病であり、貧困と疾病の悪循環が繰り返され、防貧制度の欠陥が、いかに扶助対象者を拡大再生産してきたかが伺えるのであります。


 1971年度現行基準(第11次改定)では、生活扶助は全県一律に本土四級地並みであります。復帰後は、憲法理念による生存権意識の高揚によってこれまで生活の苦しかった多くのボーダーライン層が扶助対象者として急激に増加する可能性がありますので、その保護を当然の権利として実施できるよう財政措置が必要であると考えます。

 保護の実施機関については、暫定措置として市部に置く福祉事務所を段階的に設置することになっていますが、これは現在の市財政基盤の現状からしてやむを得ないとしても、全体的な沖縄の地域開発を進める中で、市財政の強化を図り、住民自治の本旨に則って市行政の中で処理するように持っていくべきであると考えます。


 その他児童福祉、身体障碍者、老人、特殊婦人等の福祉向上についても、行財政上の特別措置を講じ、国の責任による大幅な財政支出によって、これまでの空白を早急に埋めるよう特段の配慮を要請するものであります。

 また、社会福祉施設の絶対数は著しく不足しており、その整備は緊急かつ重要であるので特別の措置が必要であります。さらに、特殊婦人の厚生事業については、単なる法律的な防止政策や取締り的な施策では不十分でありますので、生活保護を基軸とする強力な施策を講ずるよう要請いたします。

写真:琉球政府


posted by ゆがふ沖縄 at 00:03| 琉球政府の復帰施策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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