2012年09月07日

琉球政府の復帰施策(26)

琉球政府の復帰施策(26)

■幻の「屋良建議書」(19)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


(六)教育・文化について

1 民主的教育委員制度の確立

 沖縄の教育行政制度は、教育の自主、独立と民意の反映という民主教育の基本理念を基調とし、民立法によって県民が勝ち取ったものであります。それは、教育区が市町村とは別の法人格を有し、区教育委員の選出方法も直接公選で、住民に直接責任を負う民主的教育委員制度であり、県民のあいだに長年なじまれ、定着し、この制度の沖縄教育行政における功績は高く評価されてきました。そのために県民は、沖縄の現行の教育委員会制度の存続を訴え、琉球政府もそれを強く要請してきました。
琉球政府行政主席・屋良朝苗氏.jpg

 したがって、復帰によって、本土の地方教育行政法がそのまま適用されることになると教育委員は任命制となり、この沖縄の民主的教育行政制度は否定され、県民がこれを守り育てるために長年にわたって苦労し努力してきたことが、すべて水泡に帰することになります。制度の移行による混乱と不満は、県民の教育に対する熱意と信頼を低下せしめ、教育にその自主、創造性を失わせ、沖縄教育の将来のために憂慮されることになります。

 そのために、琉球政府中央委員会、教育委員協会、教育長協会、PTA連合会などをはじめ、すべての教育関係団体は、こぞって沖縄の民主的教育委員会制度の存続を訴えており、新聞論調や世論調査の結果もその圧倒的な支持を示し、今やその存続要請は沖縄の決定的な世論であります。

 しかるに本土政府はこの県民の切実な要求をよそに、先に本土法の全面適用を閣議において決定し、復帰対策要綱にもそれを織り込んだのであります。これに対する県民の失望は大なるものがあります。」

 思うに、沖縄の教師や父兄は、過去26年間、戦争による破滅の中から教育を生み育て、異民族支配という変則的政治形態の悪条件の中でよくこれを克服し、正しい日本国民教育を目指して教育に精励し、教育を正しく守り育て今日のような教育水準にまで引き上げてきたのであります。

 米軍の圧力と干渉の中で、祖国を慕い、祖国の教育との一体化を図ってきた沖縄の教育関係者の労苦は並々ならぬものがありました。このことは正しく理解していただきたいと思うのであります。

 特に、米軍の一方的教育布令を排除し、教育を県民の手に取り戻すための教育基本法をはじめ、教育諸法規を民立法した県民の闘いは、日本の教育史に特筆されるべきものであり、その成果は高く評価されなければならないと思います。それだけに県民の教育行政制度に対する関心は高く、それを守れという要望も強いものがあるのであります。

 このような経過と実績をもっているだけに沖縄において教育は、他の分野に比べ制度内容ともいち早く本土に近づけ、米軍の干渉をはねのけ、自主創造の教育成果をあげることができたのであります。

 また、異民族支配のもとでよく国民意識の喪失をくい止め、国語の純化を図り、祖国復帰と平和教育の教育実践ができ、また、平和的日本国民の教育の理念を貫き通すことができたのも、これら民主教育制度に負うこと実に大なるものがありました。


 本土においてもかつては、憲法や教育基本法の精神と理念に則り、現在沖縄にあるような民主的教育制度が実施されていたことは、ここで指摘するまでもありません。しかるに、それが昭和31年、多くの権威ある学者、教育委員、教職員をはじめとする教育関係者革新政党や革新民主団体等、良識ある国民の多くの反対を押し切って、現行制度に改悪されたことは周知の通りであります。

 私たち沖縄県民は、この際本土において、現行教育制度の非を改めて、沖縄の祖国復帰を契機として本土法も沖縄と同様な制度に改正されるよう要求するものであります。

 教育こそは実に国家百年の礎であります。その意味において沖縄の教育制度の移行については重大であります。本土政府においては、その取扱いについて今一度検討をし直していただき、国会において慎重に審議を尽くされ、沖縄教育の将来を誤らせぬよう強く要請するものであります。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:04| 琉球政府の復帰施策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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