2012年09月18日

琉球政府の復帰施策(30)

琉球政府の復帰施策(30)

■幻の「屋良建議書」(23)

〜沖縄復帰の建議書〜

1971年11月18日


 沖縄は、終戦以来米国の国内復興対策のらち外に置かれ、また施政権者としての米国政府の施策に弱い面も多かったため、いまだにその所得水準は、全国平均の約6割程度にしか達しておりません。一方、教育、社会福祉、産業基盤施設その他公共施設等各面においては全国の平均水準にはほど遠い状態であります。
佐藤首相を羽田で迎える屋良主席.jpg

 したがって、復帰後の新生沖縄県における財政措置を講ずるに当たっては、沖縄が長期間にわたって日本の施政権の外にあったこと及び沖縄が置かれている社会的条件等による特殊事情を十分考慮し、同時に沖縄の振興開発を図るための巨額の財政需要が見込まれ、さらにそれに対応するため、他府県よりも多くの職員を抱えるなどの行財政の特殊性があり、また産業や風土の相違もあり、これらに基づく特別の財政需要があります。これらの財政需要に対しては、単に現行地方交付金制度の枠内だけで措置することなく、地方交付税の上乗せ、国の補助率の最高を下らない率の確保、県発足当初における財源の確保等国の思い切った特別措置が必要であります。

3 通貨不安の解消措置


 去る8月16日のニクソン声明とこれに続く本土政府の外国為替変動相場制への移行によって、ドルを通貨として使用している沖縄では、貿易取引や県民生活の全般にわたってその影響を受け、これによる県民の不安と損失ははかり知れないものがあります。

 本土政府は、その後この外国為替変動相場制への移行によって生ずる生活物資の価格高騰を抑制するための生活物資価格安定資金として10億円、本土在住学生の学資補助資金として1億円をそれぞれ支出する旨の措置を講じて戴きましたが、これだけの資金で十分に対処できるものではありません。

 沖縄県民は自らの意思によって異民族の支配を受けているのではなく、また好んでドルを通貨として使用するようになったのではないのであって県民がこのような状態に置かれるようになったのは、すべて日米両国政府の一方的な決定によるものであるから、国はこれらの点を考慮し、この通貨不安問題によっていささかたりとも県民に不利益を与えることのないよう抜本的な措置を講ずる必要があります。

 この通貨不安問題に対する抜本的かつ恒久的対策としては、現在のドル通貨を円通貨へ切り替えること以外にないのであります。

 さきに琉球政府が本土政府と協議のうえ「通貨及び通貨制純資産の確保に関する緊急措置」を講じたことは、通貨交換を実現するための過渡的措置として採られたものであります。

 したがって通貨交換が遅れれば遅れるほど県民の不安や損失はそれだけ増大することになります。国はその点を考慮して早急に1ドル対360円による通貨交換、賃金の円換算措置(1ドル対360円の割合)、10月9日以降交換時までの資産増加分に対する補償措置等の措置を講じ、また通貨交換が実現されるまでの間の本土沖縄間の貿易取引上の為替差損、学生、長期療養者等に対する生活資金の送金為替差損等についても引き続き特別の措置を講じ、この通貨不安問題によって県民にいささかたりとも不利益を与えないようにしていただきたいのであります。(屋良建議書・終わり)

□ □ □
●「屋良建議書」は沖縄県公文書館に保存されている。保存文書の内容について次のように解説する。

  昭和4611月、「沖縄国会」と言われた第67臨時国会での審議は最終段階を迎えていた。1117日、屋良主席は、県民の声を訴えた「復帰措置に関する建議書」を国会に提出するため上京した。

 建議書は、「沖縄県民が今日まで払ってきた多くの犠牲に対し、国は、沖縄をして『太平洋のかなめ石』から『平和のかなめ石』へ転換させるための、政治的、道義的責任体制を確立して、県民福祉を最優先する施策の展開に十分な配慮をすべきである」として、自治・反戦平和・基本的人権の尊重・県民本位の経済開発を柱に、「平和で新しい豊かな沖縄県づくり」のための具体的な措置を求めた。

 しかし同日、屋良主席の到着を待つことなく、衆院沖縄返還協定特別委員会は同協定や関連付属文書を強行採決した。携えてきた建議書は審議されずに終わったため、「幻の建議書」と呼ばれた。




posted by ゆがふ沖縄 at 00:04| 琉球政府の復帰施策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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