2013年12月10日

自治官僚・岸昌と“沖縄の心”(13)

自治官僚・岸昌と“沖縄の心”(13)

〜沖縄離任に当たりD〜


 内閣法制局の協力によって憲法上の障害が除かれたのち、残る問題は、施政権の同意を取り付けることであった。この点については、共同声明が発表されて沖縄の祖国復帰の時期が明示された以後においては、日本政府の代表から、完全本土並みの国政参加を実施したい旨通報するだけで十分であろうとされた。私が沖縄に帰ってのち、東京でこれらのアレンジを進められたのは、全読売新聞社の小林副社長であった。

 国政参加が国会で成立するまでに若干の問題があった。私にとってショッキングであったのは、@国会で全国区問題が提起されると、今まで全くこの問題を要求してこなかった沖縄の各党が、全国区を含まない国政参加には反対との態度を打ち出したこと、Aできるだけ早く選挙を実施すべきだとする小林副社長らの主張に対して、あれほど国政参加の早期実現を望んでいた沖縄の各党こぞって10月ないし11月選挙を要望した二点であった。

 その心情はもちろん理解し得ないでもないが、こういう事実がいくつか積み重なっていくと、沖縄のために尽力しようとする人がだんだん意欲を失っていくのではないかと、私は、沖縄のために真剣に憂えたものである。

 今日、冒頭に述べたような国政参加批判が沖縄で行われていることを私も承知している。私の善意の努力は結局報いられなかったのであろうか。私はそうは思わない。私はむしろ私に読みの深かったことに満足して沖縄を去るのである。11月15日の国政から選挙の結果選ばれた沖縄代表の方々のご活躍を期待しつつ、東京での再会を楽しみにしているところである。(この項終わり)

■ ■ ■

沖縄の国政参加の経緯

・1968年10月⇒日米協議委員会で、沖縄の国際参加問題が合意。

・1969年11月⇒佐藤・ニクソン共同声明で急速に展開

・1970年5月⇒国会で「沖縄住民の国政参加特別措置法」成立

・1970 年7月:琉球立法院は「特別措置法に基づく選挙法案」を全会一致で可決

・1970年11月15日:国政参加選挙実施(敗戦から25年後)


衆議院議員
瀬長亀次郎(人民党)、上原康助(社会党)、安里積千代(社大党)、西銘順治(自民党)、国場幸昌(自民党)

参議院議員

喜屋武真栄(革新統一)、稲嶺一郎(自民党)



 



posted by ゆがふ沖縄 at 00:02| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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