2013年12月11日

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(1)

沖縄復帰対策はどのように進められたのか(1)


 1969年11月21日、佐藤・ニクソン共同声明を受けて1970年5月「沖縄・北方対策庁」が設置された。沖縄・北方対策庁は、沖縄問題と併せて北方領土問題も所管したが、東京に本庁、沖縄現地には沖縄事務局が設置された。沖縄事務局の設置で日本政府はようやく琉球列島米国民政府との協議を行うようになった。
 復帰対策はどのように進められたのか、その経緯を検証する。

■復帰対策の推進体制
 沖縄の復帰に備え、本土と沖縄の間に存在する制度上の相違と経済格差を克服するため、政府内及び琉球政府との連絡調整、統一的・計画的な復帰対策について検討することとした。

 1969年11月28日「沖縄復帰対策協議会」(閣議決定)を内閣に設置。12月15日「沖縄復帰対策各省庁担当官会議」が設置、復帰準備に着手する。

1970年3月31日「沖縄復帰対策の基本方針」が閣議決定され、基本方針に沿って復帰対策が進められた。琉球政府・沖縄県民の民意を十分尊重することが確認された。


 1970年3月、復帰対策の基本方針が閣議決定。日本政府が行う準備体制は総理府、外務省を中心に進められた。

【総理府】

・復帰準備施策の策定、関係省庁との意見の総括・調整、施策の推進・実施に関する関係省庁との総合調整。

・総理府に置かれている沖縄復帰対策各省庁担当官会議に行政、産業経済、教育文化、社会労働、司法法、地位協定の7分科会を設置。

・日本政府沖縄事務所は、復帰準備に関し琉球政府との連絡調整、沖縄現地における関係資料の収集分析・調査実施。


【外務省】

・外務省は、施政権返還前に沖縄復帰準備施策について米国政府と協議調整を行う。


■復帰対策準備
 沖縄県における地方支分部局の設置ならびに琉球政府の身分引継ぎ準備が検討された。琉球政府が行っていた国政事務は国に引き継ぐこととされた。

本土法令の適用準備として、沖縄は27年間日本法令の適用除外地域であったが、復帰後は国内法を適用することも検討された。

米国統治下の公社等の取り扱い及び公有財産及び米国資産の引継ぎ、通貨の切り替え準備もあった。安保条約で米軍の行動を確保する日米地位協定は米軍統治下で適用除外だったので地位協定の適用準備も検討された。



posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| 琉球政府の復帰施策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする