2015年12月30日

■普天間移設の増悪(29)

■普天間移設問題の増悪(29)

2005年10月26日、在日米軍再編協議で大野防衛庁長官と町村外務大臣、ローレス米国防副次官は、日本側が主張した沿岸案修正案で合意する。

大浦湾からキャンプ・シュワブ沿岸部(兵舎地区)をはさみ辺野古沖浅瀬に一部突き出す形で滑走路の長さは1800m。米側が日本に歩み寄った。

普天間の決着に伴い@本島中南部4基地の北部集約を条件とした全面・一部返還、A第3海兵遠征軍司令部のグアム移転、Bこれらによる在沖米軍3千人〜5千人削減、C嘉手納飛行場の騒音対策など沖縄の負担軽減も合意した。

辺野古沖の現行計画は中止され、稲嶺知事が移設条件にしていた15年使用期限、軍民共用空港は白紙に戻った。岸本建男名護市長の意見も無視された形だ。

滑走路延長で辺野古の浅瀬のサンゴや藻場に一部も埋め立てられる。代替施設の半分以上は大浦湾を埋め立てて新設するというものだ。

大野長官は「数千人の兵員削減」など負担軽減を強調して見せた。さらに、海兵隊の次期主力戦MVオスプレイの配備のため滑走路を延長することも明らかにした。

埋め立て特別措置法にも触れた。公有水面の使用権限を知事から取り上げて国に移す方向で検討すると言い切った。2006年の通常国会へ提出する予定だと述べた。

2006年度予算に建設費計上、同年度中に着手するとも述べた。県民無視の強硬姿勢を見せたのだ。環境評価に3年、工期5年を見込み、2013年度完成を目指すと語った。

政府は知事の判断とは無関係に国の権限で埋め立てに踏み切ることが不可避と判断したのだ。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:02| 米軍基地・評論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする