2016年01月27日

■「戦略ナビゲーション」

■「戦略ナビゲーション」
〜宜野湾市長選の勝者と敗者の論理〜

●『好機に出会わない人は一人もいない。それを好機にできなかっただけである。D・カーネギー)』

この言葉は、宜野湾市長選にも当てはまる。オール沖縄の上昇気流の流れは止まった感じがする。志村恵一郎氏は市長選にチャレンジしたが上昇気流の流れを引き出せなかった。

志村氏は翁長知事が先頭に立って選挙運動を展開したが、知事の求心力に陰りが出る結果となった。驚くほどの大敗である。壁にぶつかったショックは大きい。政策の訴え方が基地問題に偏り過ぎて勝者にはなれなかった。

一方、佐喜真淳陣営は市民に密着した政策を懇切丁寧に説いていた。志村陣営は動員では勝っていたが、エネルギーはなかった。力を引き出すことができなかった。動員は宜野湾市民というより、他地域からの寄せ集めが目立った。政治色が強すぎたのではないか。市民はよく見ていた。集票には結びつかないなーという声をずいぶん聴いた

普天間即時閉鎖─望ましい姿ではあるが実現性はほとんどない。有権者から漏れた言葉だ。地方自治体の市長の権限をはるかに越えたスローガンだったが、「魔法の言葉」は通用しなかった。市民の関心事項は何か。その秘訣は宜野湾市民の意識を知る必要がある。選挙戦を通じて何を発見したのだろうか。

佐喜真氏は宜野湾市の飛躍・発展を訴えた。確実に集票に結びついた。

志村氏は基地問題に特化した問い方が目立った。熱弁をふるったが落選した。しかし、辺野古移設反対の声は市民の耳に残っている。

「可能性」のふたを一刻も開け、市民に夢を与える、素晴らしい宜野湾市の未来を描くことを有権者は選択した

そこまで差がつくとは思わなかった。「オール沖縄」──県民の中に眠っている「巨大な力」は変質している。点火する必要があると思うが、その道筋は見えない。可能性の扉はあるか。翁長雄志知事を後押しする世論は一枚岩か? 行きづまっていないか。

選挙はトップと現場をつなぎ合わせる機能を重視する。今、そこにある現実と向き合い、市民の意識を探るのが勝者の論理だ。

宜野湾市長選のカルテには「志村敗者」と書かれている。しかし、失敗にひるむことはない。また、山に登ればいい。オペレーションを考えさせられる宜野湾市長選挙であった。

posted by ゆがふ沖縄 at 00:01| ◆「時の動き」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする