2016年09月28日

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(29)

沖縄返還協定・復帰に伴う諸問題質疑応答要旨(29)
1971年10月〜12月:第67国会(臨時会)
●沖縄返還協定特別委員会
●沖縄及び北方問題に関する特別委員会

■1952年4月28日というのは、平和条約の発効の日である。平和条約の発効ということは、国民にとってどういうことになる状態を言うのであるか。その基本を明確にせよ。

(高辻内閣法制局長官)
まず、第一に戦争状態が終了した、それからまた、わが国は主権を回復した、これが柱であり、基本である。従って、戦争状態が終了したのは講和条約の締結、発効であるので、その前の時点では沖縄における米国の行政権は何に基づいているかと言えば、「陸戦ノ法規慣例に関スル条約」の支配するところである。

■百万県民が憲法の上から平和条約三条で離されたということについて憲法はそれを了承する規定はどこにもない。人権を国家権力や憲法で差別することはできない。この条約三条のもとで、平和でもないし、人権も否定されてきた。このことについて認めるか。

(高辻内閣法制局長官)
あれだけの大戦争があり、日本が敗戦の憂き目を見た結果占領された。そうして憲法ができた。憲法がほんとうにその息を吹いたのは、平和条約の締結の際である。

要するに、沖縄が平和条約第三条のもとで米国の施政権のもとにたつことになった。それと、そういう条約を締結した際に日本国憲法はまさにその実行力を発揮した。そういう関係にあるわけで、両者の関係を憲法に違反するとか違反しないとか言うようなことを論ずるのは適当でないと考える。
posted by ゆがふ沖縄 at 00:17| 大学の窓から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする